選べなかった恋の続きを、君と紡いで


 初めて訪れた律の部屋は、ダークブラウンと黒の家具で統一された落ち着いた雰囲気だった。高層階の窓の向こうには夜景が広がり、窓際には以前一緒に買ったサボテンが飾られている。一見ぽつんと置かれているように見えるけれど、よく見ると、イキイキと鮮やかに育っている。すぐ傍に置かれた水差し。朝水をあげてきたのか、内側が水を弾いて輝いている。

 綺麗に整った部屋。至るところから律の生活を感じて、息をするだけで幸せな気持ちになる。

 ブラウンのソファに案内された私は、お茶を用意すると言ってキッチンへ向かった律を見送った後、そわそわと膝の上でこぶしを握っていた。車の中ではあんなに勢いがよかったくせに、時間が経ったからか、家に来たからか、ドキドキが強くなっていた。

 やっぱり大胆だったよね……!? と今更自分の言動を振り返って気持ちが落ち着かない。

 視線の置き場に悩むものの、部屋の中を勝手にじろじろ見ることもできなくて姿勢を正す。抱き抱えて帰ってきた花束を胸に抱くと、幸せな気持ちが蘇ってくる。想いが通じ合った時、こんなにも嬉しいことはないと思ったけれど、幸福にはまだまだ上があった。しみじみしていると、足音とともに「お待たせ」という穏やかな声が響く。

 顔を向けると、軽くしゃがんだ律がテーブルにトレイを置いてくれた。紅茶の華やかな香りが湯気とともにゆらりと揺れて、呼応するように心臓のあたりがドキドキドキと音を立てる。

 静かに、ゆっくりと、律が隣に腰を下ろす。再会した後、初めて一緒に食事をした時に包み込んでくれたあの香水の芳香。月灯りが射し込む夜の森を連想させるような、清々しさと温かさを感じる香りに包まれて、胸がぐっと詰まった。

 少しも花びらを散らしたくなかったし形を崩したくなくて丁寧に花束を置いた。律が添えてくれていた陶器のシュガーポットを開けてくれる。お礼を言って、スプーンで砂糖を入れた。雪のようにさらさらと琥珀色の海に溶けていく。

 いただきます、と紅茶を一口飲むと、優しい温もりがお腹の底に溜まっていってホットした。でも、甘やかさをまとった緊張はうまくほぐれない。むしろ律が軽く動くたびにドキっと鼓動が跳ね上がってしまう。

 以前アールグレイが好きだと話したこと、砂糖は必ず入れることを覚えていてくれたんだ、とか。さっきまでの熱っぽい雰囲気が少し消えちゃったけどどうしよう、とか。あれこれ浮かぶし伝えたいこともたくさんあるはずなのに、言葉が上手く浮かばなかった。言葉を扱う仕事をしているはずなのに、律を前にするとてんでダメだった。

「今日ありがとな」
「こちらこそだよ」

 律が穏やかに微笑むから、私も慌てて、努めていつも通りの笑みを浮かべる。紅茶のこと、今日食べたチョコのこと、仕事の話……。話は弾み、普段と変わらない心地よい空気が流れる。導かれてホッとする。でも、緊張しているのは私だけなのかな……?

 紅茶のカップを置き、じっと見つめてみる。すると、視線に気づいた律がほんの一瞬だけ瞳を揺らした。同じようにカップを置き、私の手をそっと握った。瞳を覗き込まれて静かに視線が交わり、無言の時間が流れる。

「んん……」

 あ、と思った瞬間には、唇が重なっていた。まぶたを下ろして袖を掴むと、一度見つめ合って、また深くなる。

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