選べなかった恋の続きを、君と紡いで
エピローグ
~ Side 律~
初恋は実らない。
初めてその言葉を知ったのは、いつのことだっただろう。ドラマなのか小説なのか、はたまた誰かから直接聞いたのか詳しく思い出せないけれど、とにかくいつの間にか呪いのように頭にこびりついていたこの言葉を自分事として実感したのは、中学生の時だった。
「あ、汐月くん」
「お疲れ。今日は何読んでるの?」
中学二年の晩夏のことだった。
授業を終えて図書室へ向かうと、カウンターに座っていた七瀬さんが手元の本から顔を上げた。夏が過ぎ、空の透明度が増し始める季節はまだ日が高く、放課後になっても室内が明るい。
「泉鏡花だよ」
「現代文学じゃないの珍しいな」
「今、純文学強化月間なんだよね」
「あ、私の中でね」と付け足した七瀬さんが、本をぱたんと閉じて笑う。彼女が愛用している猫の栞の先、シッポになっているデザインの部分がかすかに揺れた。
今日は一緒に、読書週間に向けたPOPを作る予定だ。図書委員、そして先生がそれぞれ推薦している本、そしてアンケートの結果人気だった本の紹介をすることになっていて俺たち二人が取りまとめる役なのだ。
七瀬さんは同じ図書委員の友人だ。内申点のためにすすめられるがまま図書委員になった俺とは違い、小説が好きで委員に立候補したという情熱的な女性。最初はあまりに自分と違いすぎて、こんな人もいるのか……という気持ちしか抱かなかった。けれど一緒に過ごすうちに純粋な尊敬がどんどん強まっていった。
自分の好きなものを知っている人。好きなものを素直に楽しんでいるきらきらした人。大切な本を大事にしようと向き合っている責任感のある人。俺にはないものを持っている七瀬さんがまぶしくて、同時に憧れた。
クラス順の関係でペアになることが多かった彼女とは、最初は挨拶や雑談程度の会話が多かった。けれど次第に話のタネは増えていき、一緒に下校したり休みの日に図書館に行ったりする仲になっていた。二年生になってもお互い自然とまた図書委員を選んだ。
もともと、あまり自分の意見を口にしたり喋ったりすることが得意ではなく表情が豊かなほうでもない。とにかく勉強に集中しなければいけなかったから小学生の時から積極的にクラスメイトと関わるほうではなかった俺にとって、彼女は初めての友人だった。
いい大学を出て、安定した会社に勤めなさい。
俺の両親は口酸っぱく、沁みついた口癖のようにそう言っていた。だからうちの親基準で禁止されている今流行りのゲームや漫画のことも、俺はあまり知らなかった。けれど、七瀬さんは深く詮索することなく教えてくれたのだ。家のことを知られることを避けたかった俺にとって、彼女のフラットな姿勢は救いだった。俺以外の誰に対しても彼女は平等で、休み時間に友人と笑い合っている姿をよく目撃した。愛されているな、となぜか俺が嬉しくなったくらいだ。
「図鑑は汐月くんのほうがよく読んでるもんね。お任せしていい?」
「ああ。小説はお願いしてもいいか?」
「もちろん! 得手不得手があるからね」
なぜか得意げに胸を逸らすポーズをする七瀬さんに思わず笑ってしまう。
そう。俺が息を抜ける場所――それが彼女の隣だった。