選べなかった恋の続きを、君と紡いで

「汐月くんって植物に詳しいよね」

 テーブルに移動し、向かい合って紹介用のPOPを作っていると、七瀬さんがふいに切り出す。

 以前、彼女と一緒に帰宅している時に咲いていたクリスマスローズのことを思い出した。

 寒さの厳しい冬を耐え忍んで美しい花を咲かせるクリスマスローズ。うつむき加減のフォルムを覗き見れば可憐で気品漂う花を秘めている。厳しい季節に根付くその花を初めて見た時にどこか励まされたような気がして、それから密かに好きな品種になっていた。

 七瀬さんと一緒に帰っている時にたまたま咲いている花壇を通りかかり、クリスマスローズの話をした……のだが。

「そう、かもしれないな」

 不自然にならないように、いつもより張った声で答えた。

 少し前、近所に住む先輩がガーベラの種をくれた。親に「無意味」だ「時間の無駄だ」と反対されながらも、俺はわくわくしながらベランダで育てていた。

 けれど、世話に応えてくれるように可憐に咲いていた花を、この夏、俺が枯らしてしまった。俺が塾の合宿で家を空けている間に嵐が来て、無残にも花は散り茎も折れてしまったのだ。

 どうして部屋の中に入れておかなかったのか。俺の育て方が弱かったのか。あの日以来、植物を育てることがどうしても怖くなってしまった。自然と図鑑からも足が遠のいていた。唯一、自分が心惹かれるものだったのにそれすらも失ってしまった。

 けれど、こんな話をすれば七瀬さんに気を遣わせる。

 それ以上に情けない自分の話を、彼女にだけは知られたくなかった。密かに恋心を育てていたから。

「いいよね、花。癒されるというか」

 彼女が笑顔でそう答えてくれたから、気づかれなかったことにホッとする。再び作業に戻りながら、彼女が最近夢中になっているというドラマの話に耳を傾けた。

 イキイキと好きなものの話をする七瀬さんの話を聞くのが好きだ。自分と違うから惹かれるのかと思っていたけれど、この感情が恋だと気づいたのは一年ほど前――一緒に委員を始めてから半年近く経った頃だった。

 たぶん憧れや尊敬、居心地の良さが降り積もった結果だったのだろう。

 自覚したきっかけは、本当になにげない日常の延長だった。

 翌日に控えた小テストの話をしていた時に、軽く不安を吐露した俺に対して彼女がくれた『きっと大丈夫だよ』という言葉だった。点を出すことが当然、不安にならないように勉強することが当たり前の環境で生きてきたからか、緩くも温かい『大丈夫』に気が抜けると同時に心が解けた。それは蕾が開くような、静かで優しい芽生えだった。

 あの時の俺も、ただ進路の正解を選び取っていた。母からすすめられた道を歩くことに必死だっただけだった。

 けれど、こうして想いを静かに育てていたその年の冬、父親の転勤がきっかけで転校が決まってしまった。

 七瀬さんに告白したい。これで会えなくなるのは嫌だ。

 そんなふうに思った俺は気持ちを伝えようと手紙を書いた。

 けれど、関東と関西は学生の自分にとって簡単に行き来できる距離ではない。両親の決定に反発できる年でもない。祖母のところに残る選択肢も与えられなかったし、たとえ選べたとしても両親以上に厳格な祖母のもとでやっていける気はしなかった。そもそも両親は俺も一緒に東京へ行くことを望んでいたのだから、そもそも俺に選択肢などなかったのだ。

 今後も関西に来た時に、親の目を盗んで会いにいくこともできるかもしれない。けれど、万が一彼女に迷惑がかかってしまったら。

 そもそも振られてしまうことが一番怖かった。

 臆病だった俺はあらゆる負の可能性を積み重ねた結果、諦める道を選んでしまった。書いた手紙を渡すことができなかったのだ。想いを詰めた便箋は、引っ越してすぐ、苦い思い出としてビリビリに破いて捨てた。

 たとえ、初恋が叶わなくても日常はあっけなくめぐる。水を吸い取られたからからの植物のように。けれどクリスマスローズのようにしっかりと。俺は彼女と離れてからも、レールに沿った日々を歩んできた。

 もしも、いつかまた会えたら。でも、会えたとしても俺は何もできないだろう。相反する感情を抱きながら、彼女のいない世界で俺の生活は続いた。

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