ほどけるくらい、愛して〜魔術師は異世界から来た運命のひとを逃がさない〜
 そんなことを考えながら歩いていると、視界に彩瑛の借りているアパートが見えてくる。三階建ての三階角部屋が、今の彼女の城だ。
 階段を上って、自分の部屋を目指す。かつん、と履いているパンプスのヒールの音が響いた。荷物を抱えているので、意外に三階まで上るのは辛い。
 上りきって角を曲がると、頭を上げる。

 ――え?

 そして自分の部屋の前にいる男性の姿に、彩瑛は足を止めた。
 壁に背を預ける、背の高い細身な体。四肢は長く、身に付けているスーツがとても似合っている。
 夜空に輝く煌々とした月をじっと見つめるその姿は、ひどく美しかった。

 ――でもあの人、どこかで……

 彼の姿に既視感を感じ、彩瑛は思わずその人を凝視した。
 だが凝視したその視線に気付かれてしまい、不意に彼の視線がこちらを見る。闇の中でも輝いているように見える漆黒の髪、前髪は片目を隠していて、隠れていない方の目だけが彩瑛を見つめていた。

「――サエ」

 夜の闇の中に、彼の呼んだ名前だけが静かに響く。
 どこか気怠げな印象を受ける声は、あの世界で彩瑛が一番好きな声だった。
 そんなはずはない。彼――ギルベルトがこの国に、この世界にいるわけがない。
 そう頭では考えているのに、体が思ったように動かない。疑問符ばかりが頭に浮かんで、どう行動するべきか判断しかねてしまう。
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