甘い痛みは秘密の夜に〜マスクを外した天才パティシエは、独占欲の塊でした〜
 悶々とした気持ちを抱えたまま、数日が過ぎた。
 仕事帰りの夜、諦め半分で路地裏を覗いたら、オレンジ色のランプの光が漏れていて雛子の胸は大きく跳ねた。
 ドアを開けると、いつもの甘美な匂い。それを纏うように、カウンターの向こうから優しい声が届く。

「いらっしゃい」

 迎えてくれた笑顔に雛子の胸はキュッと締めつけられていた。
 ショーケースに並んでいるのは、雑誌やネットで見た華やかな芸術品ではなく、やっぱり雛子の大好きな、素朴で身近なケーキたち。そしてそこには……。

「来てくれて良かった」
 
 そんな言葉を言われてまた胸はキュッと鳴く。

「今夜、覗いてくれたらいいなって。リクエストのオムレット」

 半分に折ったふわふわのシフォン生地の間に、これでもかと山盛りの生クリームが挟まれているオムレット。何にも邪魔されない、真っ白な生クリームのみ。それは生クリーム好きの雛子にはたまらない一品だった。

「どうして」
「好きって、言ってた」

 そうだ、言った記憶はある。雛子は思うが、胸が詰まって言葉にできない。

「言ったけど、どうして」

 絞り出すように紡いだ雛子の言葉はそこで途切れた。ここで、自分みたいな平凡な人間のために手掛けることなどしなくていい、してはいけない人ではないのか。そう伝えようと思うのに、声にならない。
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