甘い痛みは秘密の夜に〜マスクを外した天才パティシエは、独占欲の塊でした〜
 はじめて口にした瞬間の感動を雛子は今でも鮮明に覚えている。バニラビーンズが贅沢に香る極上のカスタードクリームと、幾重にも重なる極薄のクレープ生地はしっとりとして舌の上で完璧に溶け合った。甘い、なのにどこか切ないほどの濃厚な余韻。一度食べたら忘れられない、そう断言できるほど美味しいケーキだった。

 それをキッカケに雛子はその店に行くことを密かな楽しみにする。けれど名前の通り、気まぐれの開店。なんなら開いている日の方が少ない。だからランプが灯る日は迷うことなくガラスドアを開いた。

 ある夜は、亜麻色に焼かれたアップルパイ。またある夜には、濃厚な栗のペーストのモンブラン。ラインナップも気まぐれだが、パティシエの脳内を覗き見しているようで、雛子の心をより掴んだ。じっくりと時間をかけて煮詰められた林檎、ほろ苦くも濃厚なショコラ。甘さを抑えた軽やかな生クリームやサクッと崩れるメレンゲ。フォークを進めるたびにどのケーキにも発見がある。

 定番のショートケーキが並ぶが、そのどれを取っても、この店のものは特別だと感じる。口に含んだ瞬間消えてなくなっても舌先でちゃんと存在を主張する甘さが。食べ終えても余韻を残す香りはどこまでも上品で……。その緻密な計算に、雛子はただ溜息を漏らすしかない。
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