本気のキスは甘くとろけて
柚子の言葉が突拍子もなかったのか、賢人の眉間に皺が寄った。整った顔だと、少しでも不機嫌そうな表情になっただけで、かなりの迫力が出る。
「私は賢人さんにとって都合のいいカノジョ……ただの遊び相手……ですか」
きっと、彼の周りには魅力的な女性が大勢いることだろう。これだけのスペックと端正な容姿を持っているのだから、合コンの誘いもお付き合いの誘いも、彼にはいくらでもあるに違いない。そもそも、自分たちの出会いも合コンだった。
そんな賢人が、彼のように突出した良さなど何も持っていない平凡な自分を恋人にしていることが、柚子には信じられない。都合のいい遊び相手だと言われたほうが、まだ納得できる。
「おい、柚子」
賢人は俯いた柚子の両頬に手を添えて、彼女の顔を上げさせた。するとその拍子に、柚子の両目から一滴の涙がはらり、と頬を伝った。
「ひっ、く……」
「なんで泣くんだよ」
「だって……わからない」
「何が」
賢人の声は少し尖っていて、決して優しくはない。なぜだか怒っているようだ。
そのことに柚子は気付いていたが、賢人のことを慮るよりも、自分の中に溜め込んでいた不安を一気に吐き出してしまうことにした。
「私……私なんか、賢人さんに全然釣り合わない……。顔も学歴も、性格もできることも……全部平凡で、普通すぎて……かわいくもないし、きれいでもない……。何も、賢人さんみたいにすごくない……好きになってもらえるところなんて……私にはないんです」
「だから俺に遊ばれていると思ったのか」
賢人の声に冷たさが混じる。
ああ、完全に怒らせてしまった。柚子は一抹の恐怖を覚えたが、今さら否定することはできず、こくりと頷いた。
「あのな、柚子」
賢人は柚子の顔を少しだけ自分のほうに引き寄せると、前髪のかかったひたいにちゅ、とキスをした。それから、親指で柚子の頬の涙を拭う。
自分の言動で柚子を怯えさせてしまったことを胸の中で申し訳ないと思いながら、賢人はどうにか彼女の誤解と緊張を解くために、意識して少しゆっくりと話し始めた。
「俺はお前と付き合うまで、正直に言って、女癖が悪かった。学生の頃から、遊び相手の女はいくらでもいた。俺が何かしなくても、向こうから勝手に寄ってくるからな。俺のほうからわざわざ優しくする必要なんてないと思ってて……まあ、誰に対してもなかなかのクズだったよ。でもな、そんな俺だけど、柚子のことを遊びだと思ったことは、一度もない。お前と付き合う前に、関係のあった女は全員切った。今は真面目に、柚子一筋だよ」
「でも……」
「何をどんな言葉で言えば、信じてくれるんだ?」
賢人は柚子のひたいに自分のひたいをごちん、と当てると、懸命に言葉を探した。
「お前、あの合コンには数合わせで参加しただけなんだろ? それなのに、参加者全員にすごく気を遣っていたよな。正直、初対面のよく知らない、もう一度会うかもわからない相手なんか、もっと雑に対応して気楽にすりゃいいのに、って思った。でも同時に、全員に笑顔を絶やさないようにして、細かく気配りをして、場の空気を和やかにしようとしていたその生真面目なところが……なんかいいって……そう思ったんだ。クズな俺にはない、他人への思いやりがあるところ……って言えばいいのか。だから、あの日限りで柚子との縁が切れるのはなんか嫌で……それで名刺を渡した。デートを重ねるたびに、お前の生真面目で丁寧なところがやっぱり、何度もいいって思って……どんどん惹かれて……それで好きになったんだ」
「そ、そうだった……んですか……?」
「ああ。それに、俺は柚子のこと、かわいいと思ってる。世間一般の評価基準なんて知らねぇし、柚子が自分と他人を比べてどう評価するのかは自由だが、俺は柚子のこと、かわいいと思ってるよ。お前ほどかわいくて優しくて思いやりのある女なんか、そうそういない。俺はそんなお前に見合うようになりたくて、これでも結構必死なんだぜ? なんせ、本当にクズな男だったからな」
賢人は柚子のひたいから顔を上げると、優しい目で柚子を見下ろした。
「じゃあ……どうして、その……キス以上のことは……しないんですか」
「それはな……俺は柚子のことが好きで、心底大事にしたいと思ってる。だから、体目的だなんて万が一にも思われたくなくて……それでお前に手を出さなかったんだ。今まで何人もの女としてきたような、性欲解消のためだけの行為をお前とするなんて、絶対に嫌だった。まあ、でも……言うは易しだが、信じにくいよな。デートのドタキャンはするし、仕事の付き合いなら相変わらずキャバクラにも行くしな。でも、勘違いすんなよ? 同伴とか、ましてや風俗とか、柚子以外の女と、そういう一対一の付き合いは一切していない」
「ほ、ほんとに……私、遊び相手じゃ……ないんですか」
期間限定の遊びとかではないの? 大事に想ってもらえているの?
まだぽろり、ぽろりと涙をこぼす柚子に、賢人は再び口付けた。とてもやさしくゆっくりと柚子の唇を食み、少し離しては再び口付ける。手探りで柚子との距離を縮めながらも、もっともっと近付いて重なりたいと、懇願でもしているかのように。
「ただの遊び相手なら、こんなキスはしねぇよ」
賢人は苦笑した。
一時の遊び相手のつもりなら、さっさと抱いていただろう。帰りの電車の時間なんて心配しないし、ドタキャン後のデートで心から申し訳なく思って謝りもしない。柚子が何を感じて何を考えているのか、気にかけることもなかったはずだ。
これまでの自分の女癖の悪さを深く反省し、過去の自分と決別して柄にもなくあれこれと考えて振る舞うのは、柚子のことが好きだからだ。
外見や経歴など、客観的にわかりやすい情報で他人と比較したら、たしかに柚子は、凡人中の凡人かもしれない。だが、他人との比較評価なんて、賢人にとってはなんの意味もない。控えめながらも一生懸命に和を保とうとする柚子の丁寧さは尊敬するし、照れくさそうににっこりとはにかむその笑顔は、本当に心の底からかわいく、愛おしいと思っているのだから。
「私は賢人さんにとって都合のいいカノジョ……ただの遊び相手……ですか」
きっと、彼の周りには魅力的な女性が大勢いることだろう。これだけのスペックと端正な容姿を持っているのだから、合コンの誘いもお付き合いの誘いも、彼にはいくらでもあるに違いない。そもそも、自分たちの出会いも合コンだった。
そんな賢人が、彼のように突出した良さなど何も持っていない平凡な自分を恋人にしていることが、柚子には信じられない。都合のいい遊び相手だと言われたほうが、まだ納得できる。
「おい、柚子」
賢人は俯いた柚子の両頬に手を添えて、彼女の顔を上げさせた。するとその拍子に、柚子の両目から一滴の涙がはらり、と頬を伝った。
「ひっ、く……」
「なんで泣くんだよ」
「だって……わからない」
「何が」
賢人の声は少し尖っていて、決して優しくはない。なぜだか怒っているようだ。
そのことに柚子は気付いていたが、賢人のことを慮るよりも、自分の中に溜め込んでいた不安を一気に吐き出してしまうことにした。
「私……私なんか、賢人さんに全然釣り合わない……。顔も学歴も、性格もできることも……全部平凡で、普通すぎて……かわいくもないし、きれいでもない……。何も、賢人さんみたいにすごくない……好きになってもらえるところなんて……私にはないんです」
「だから俺に遊ばれていると思ったのか」
賢人の声に冷たさが混じる。
ああ、完全に怒らせてしまった。柚子は一抹の恐怖を覚えたが、今さら否定することはできず、こくりと頷いた。
「あのな、柚子」
賢人は柚子の顔を少しだけ自分のほうに引き寄せると、前髪のかかったひたいにちゅ、とキスをした。それから、親指で柚子の頬の涙を拭う。
自分の言動で柚子を怯えさせてしまったことを胸の中で申し訳ないと思いながら、賢人はどうにか彼女の誤解と緊張を解くために、意識して少しゆっくりと話し始めた。
「俺はお前と付き合うまで、正直に言って、女癖が悪かった。学生の頃から、遊び相手の女はいくらでもいた。俺が何かしなくても、向こうから勝手に寄ってくるからな。俺のほうからわざわざ優しくする必要なんてないと思ってて……まあ、誰に対してもなかなかのクズだったよ。でもな、そんな俺だけど、柚子のことを遊びだと思ったことは、一度もない。お前と付き合う前に、関係のあった女は全員切った。今は真面目に、柚子一筋だよ」
「でも……」
「何をどんな言葉で言えば、信じてくれるんだ?」
賢人は柚子のひたいに自分のひたいをごちん、と当てると、懸命に言葉を探した。
「お前、あの合コンには数合わせで参加しただけなんだろ? それなのに、参加者全員にすごく気を遣っていたよな。正直、初対面のよく知らない、もう一度会うかもわからない相手なんか、もっと雑に対応して気楽にすりゃいいのに、って思った。でも同時に、全員に笑顔を絶やさないようにして、細かく気配りをして、場の空気を和やかにしようとしていたその生真面目なところが……なんかいいって……そう思ったんだ。クズな俺にはない、他人への思いやりがあるところ……って言えばいいのか。だから、あの日限りで柚子との縁が切れるのはなんか嫌で……それで名刺を渡した。デートを重ねるたびに、お前の生真面目で丁寧なところがやっぱり、何度もいいって思って……どんどん惹かれて……それで好きになったんだ」
「そ、そうだった……んですか……?」
「ああ。それに、俺は柚子のこと、かわいいと思ってる。世間一般の評価基準なんて知らねぇし、柚子が自分と他人を比べてどう評価するのかは自由だが、俺は柚子のこと、かわいいと思ってるよ。お前ほどかわいくて優しくて思いやりのある女なんか、そうそういない。俺はそんなお前に見合うようになりたくて、これでも結構必死なんだぜ? なんせ、本当にクズな男だったからな」
賢人は柚子のひたいから顔を上げると、優しい目で柚子を見下ろした。
「じゃあ……どうして、その……キス以上のことは……しないんですか」
「それはな……俺は柚子のことが好きで、心底大事にしたいと思ってる。だから、体目的だなんて万が一にも思われたくなくて……それでお前に手を出さなかったんだ。今まで何人もの女としてきたような、性欲解消のためだけの行為をお前とするなんて、絶対に嫌だった。まあ、でも……言うは易しだが、信じにくいよな。デートのドタキャンはするし、仕事の付き合いなら相変わらずキャバクラにも行くしな。でも、勘違いすんなよ? 同伴とか、ましてや風俗とか、柚子以外の女と、そういう一対一の付き合いは一切していない」
「ほ、ほんとに……私、遊び相手じゃ……ないんですか」
期間限定の遊びとかではないの? 大事に想ってもらえているの?
まだぽろり、ぽろりと涙をこぼす柚子に、賢人は再び口付けた。とてもやさしくゆっくりと柚子の唇を食み、少し離しては再び口付ける。手探りで柚子との距離を縮めながらも、もっともっと近付いて重なりたいと、懇願でもしているかのように。
「ただの遊び相手なら、こんなキスはしねぇよ」
賢人は苦笑した。
一時の遊び相手のつもりなら、さっさと抱いていただろう。帰りの電車の時間なんて心配しないし、ドタキャン後のデートで心から申し訳なく思って謝りもしない。柚子が何を感じて何を考えているのか、気にかけることもなかったはずだ。
これまでの自分の女癖の悪さを深く反省し、過去の自分と決別して柄にもなくあれこれと考えて振る舞うのは、柚子のことが好きだからだ。
外見や経歴など、客観的にわかりやすい情報で他人と比較したら、たしかに柚子は、凡人中の凡人かもしれない。だが、他人との比較評価なんて、賢人にとってはなんの意味もない。控えめながらも一生懸命に和を保とうとする柚子の丁寧さは尊敬するし、照れくさそうににっこりとはにかむその笑顔は、本当に心の底からかわいく、愛おしいと思っているのだから。