身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

13 ダンスなんてできません!

「アルフレッド様〜、お茶のお時間ですよー!」

 私はガラガラとキッチンワゴンを押しながら、執務室内へ入室した。

「……あぁ、そうか……」
 アルフレッド様は書類から顔を上げ、ふぅと息を吐いた。そして、ズレた眼鏡を長い指で優雅に直す。

 先日、『ミントティーなら飲んでもいい』とお許しをいただいてから、私はティーセット一式を持って、執務室へ押しかけるようになった。

 私がお茶を用意すると、アルフレッド様は仕事の手を止め、休憩に入る。

 今まで一切休憩はしなかったというアルフレッド様が、ミントティーを飲むために休憩するというので、セドリックさんは泣いて喜んでいた。

 
 カップにミントティーを注ぎ終わると、蜂蜜を二杯入れた。

「はい、どうぞ」
 私は向かいのソファに座るアルフレッド様の前に、カップを差し出す。
「……あぁ」

 アルフレッド様がカップを口元に運ぶのを確認してから、自分用のカップにお茶を注ぎ始めた。

 実はミントティーを淹れてあげるようになった日、あまりにもじろじろと直視しすぎたせいか、
『そんなに飲みたいのなら、君も飲めばいいだろう』
 と、呆れ顔で言われてしまったのだ。

(そんなに物欲しそうに見つめていたのかな……。そりゃ、いい匂いだけどっ)

 それから私用のカップも用意して、ここで一緒にミントティータイムを楽しむことになった。

 私もスプーン二杯の蜂蜜をカップに垂らす。
 ミントティーに蜂蜜を入れる習慣はなかったんだけど、この間試しに入れてみたら、ミントの爽やかな味と蜂蜜の甘さがとてもマッチしていておいしくて、ハマってしまった。

「ん〜、おいしいですねぇ。ミントティーに蜂蜜ってこんなに合うんですね〜」
「……まぁな」
 アルフレッド様の口調は素っ気ないけど、眼鏡が曇っているのも気にせずに、お茶を飲んでいる。
 

 空になったカップをソーサーに戻したアルフレッド様が、口を開いた。

「ところで、ブラン伯爵家の夜会で着るドレスの件だが、明日仕立て屋を呼んでいる」
「……え? 夜会……ですか……?」
 私は首を傾げる。

「ん? 忘れていたわけではないだろう? 君とブラン伯爵令嬢は友人だったと記憶していたが?」
「えっ?」

(ブラン伯爵令嬢!? 友人!? そんなの聞いてないよっ、ベアちゃん!)

 ベアちゃんの方に顔を向けると、さっきまで隣にいたと思っていた彼女の姿が見当たらなかった。

(あ、あれ? ベアちゃん……?)
 私が執務室内を見回していると、アルフレッド様は怪訝そうに顔をしかめる。

「いったい君は何をしているんだ?」
「あ、すみません! じゃ、じゃあ私はこれで失礼いたします。お仕事はあまり無理はしないでくださいね」

 飲み終わったカップを回収すると、そそくさと執務室を後にした。


 自室に戻ると、部屋の角でベアちゃんが丸くなって座っているのが見えた。

「べ、ベアちゃん!? どうしたの!? 具合悪いの!?」
 私は慌ててベアちゃんの元へ駆け寄る。

『……べ、別に何でもないですわよ』
 ベアちゃんは私から顔を背けた。その横顔はどこか切なげで、彼女のこの表情は何度か見たことがある。

「ベアちゃん……」
 どう声を掛けたらいいか分からず、言葉を呑み込む。
 私はベアちゃんの隣に静かに腰を下ろした。

『……今度の夜会が行われるブラン伯爵家は、マリアンヌ様のお屋敷なのですわ。……私、マリアンヌ様に合わせる顔がありませんの……』
 ベアちゃんは顔を伏せながら、ぽつりぽつりと語り始めた。

『……私とマリアンヌ様は幼い頃からの友人でしたの。彼女の天真爛漫で天使のような愛らしさに、憧れていましたわ。……それが恋心だとは、ずっと気付かなかった……』
 私はベアちゃんの言葉に黙って耳を傾ける。

『気付いたのは、私の婚約が決まった時。……当たり前ですけれど、私はマリアンヌ様とはずっと一緒にいられないんだ、結ばれることはないのだと……、思い知らされたのですわ……』

 ベアちゃんは長い睫毛を伏せたまま、僅かに笑みを浮かべた。

『それからは自分の気持ちを押し殺して、彼女に接していた。しかし、限界が来てしまったのよ。……彼女と第二王子との婚約が決まったから。……本当にもう、人のものになってしまうのね………って。その日以来、マリアンヌ様のことを避け続けていますの。……だって、普通になんて……、できませんわ……っ』

 彼女は唇を噛みしめ、悲痛な表情を浮かべた。声が震えている。

 ベアちゃんの深い悲しみが、私の胸に押し寄せてきた。

(……こんなにも、苦しいの……っ)
 私の目からぽろぽろと涙が溢れ、流れ落ちる。

「う、う……っ、く……っ」

 私が嗚咽を漏らすと、ベアちゃんは目を見開く。

『なっ、何であなたがそんなに泣いてますのよっ!?』

「だっ、だって……っ、く、苦しっ、う……っ」

 慌てて涙を拭うが、次々と溢れ出して止まらなかった。私は涙を止めようと、必死に顔を歪める。

『もう、スミレ! 私の顔で、そんなに不細工に泣かないでくださいませ!』
「う……っ、ご、ごめ……」

 謝ろうとするが上手く喋れない。そんな私を見て、ベアちゃんは表情を緩めた。

『……ずっと、こんな自分はおかしいのだと、誰にも言えなかったのですわ……。でも、聞いてもらえて少し気持ちが軽くなりましたわよ、……ありがとう……スミレ』

「べ……ベアぢゃん……」
 止めようと頑張っていた涙が、再び流れ落ちる。

『もう! いつまで泣いてますの! 泣いてる暇はありませんわ! あなた、ダンスは踊れますの? 今度の夜会では踊りますのよ?』

「…………だんず……?」
 
 ぴたりと涙が止まる。私の思考も止まる。

(ダンスって? あの? 男性と手を取り合って、クルクル回る、あの?)

「えー!? 無理無理無理っ!! 私、ダンスは盆踊りしか踊ったことないもんっ!」

 両手と首をぶんぶんと振ると、ベアちゃんは呆れたように大きく息を吐き、スッと立ち上がった。
 そして、私を見下ろし、不敵に笑う。

『ふふっ、スミレ。これから、ダンスの特訓を始めますわよ!』

(だっ、ダンスの特訓――!?)
 
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