身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

14 ドレス選びも大変です

『はい、アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ』

「えっと、アン……、ドゥ……、ト、トロワ……」

 ベアちゃんが刻むリズムに合わせ、私はステップを繰り返す。

(右足を後ろに下げて……、次は左足で……、あ、向き変えなきゃっ)

 足元を見て一歩ずつ確認しながら足を動かすと、ベアちゃんの怒声が飛んでくる。

『ちょっとスミレ! 足をバタバタさせない! 足を揃えてから引きなさい! それになんて格好してますの! 背筋を伸ばしなさい!』
「ひっ、すみません……っ」

 夜会まで時間がない。私は鬼コーチの元、これから毎日、ダンスのレッスンを受けることになった。

『はぁ、おかしいですわね。私はダンスは得意なほうなのですわよ? それなのに、どうしてこんな情けない動きになってしまうのかしら』
 ベアちゃんは頭を抱えている。

「え、へへ……。ど、どうしてでしょう……?」
 私は頭を掻きながら苦笑いをすると、ベアちゃんに睨まれる。

『スミレ、ヘラヘラしない! もう一度、やりますわよ!』
「はい……」

『返事が小さいですわ!』
「はい!」

(うぅ……、ベアちゃんスパルタ……)

 その後もベアちゃんの熱血指導は続くのだった。


◇ ◇ ◇ 
 
 今日は午後からドレスの仕立て屋さんが来るという。

 エミリーの話によると、王都で人気の仕立て屋さんだそうで、なかなか予約が取れないのだそうだ。
 アルフレッド様もだいぶ前から予約してくれたのだろうか。

『あの冷血眼鏡、マダム・ロザリンドを選んだというのは褒めて差し上げますわ』
 ベアちゃんは腕を組んで頷いている。

「そんなに人気の人なんだ?」
『えぇ、彼女に頼めば間違いありませんわ。私もずっと、彼女にドレスを仕立ててもらいましたのよ』
「へぇ、そうなんだ」

(夜会のドレスかぁ。楽しみだなぁ……)
 そうぼんやりと思っていたが、あんなにも大変だとはその時の私は知らなかった。


 マダム・ロザリンドが公爵邸にやって来た。
 年齢は四十代半ばほどで、髪をしっかりと結い上げた、ぽっちゃりした女性だった。

「公爵閣下、この度は私へご指名いただきましてありがとうございますぅ。誠心誠意心を込めて、奥様のドレスを仕立て上げますわぁ、オホホホ」
 これはまたハスキーボイスの、癖の強そうな女性だ。何ともいえない圧力を感じる。

「あぁ、よろしく頼む。後のことは妻に聞いてくれ」
 アルフレッド様はさほど興味無さげに言った。

「はい、かしこまりましたぁ。これはこれはベアトリス様、お久しぶりでございますぅ。本当にいつ拝見してもお美しゅうございますわぁ、オホホホッ」

「あ……、えっと、ありがとう……おほほほ」
 とりあえず愛想笑いを返す。

「ではではぁ、早速、生地選びから始めましょう」

 マダム・ロザリンドがパチンと指を弾くと、助手の女性がトランクを開け、大量のサンプルを取り出した。

「やはりベアトリス様といえば、赤! ということであるとあらゆる赤色をご用意いたしましたわぁ。赤だけでも100種類ありますのよぉ、オホホホ」

 広げられたのは、少しずつ違う赤色の生地だった。薔薇や夕焼けのような鮮やかな色から、ワインレッドのような深い赤まで揃っていた。

(すごい、赤っていってもこんなに種類があるんだ!)

『ふふ、さすがマダム・ロザリンドね。よく分かっていますわ』
 ベアちゃんも食い入るように、サンプルを見つめている。

(そっか、ベアちゃんは赤が好きなんだ)
 たしかに華やかな彼女には似合うだろう。

「ベアトリス様、どれになさいますかぁ? こちらや、こちらのお色味でしたら、御髪の赤色とお似合いになられるかと思いますわぁ」

 サンプルとは別に大判の布を取り出し、次々と私の肩に当てる。
 姿見に映るベアトリスにとてもお似合いだった。

(たしかにみんな綺麗な赤だけど……)
 私自身が赤い服を着た記憶がないせいか、落ち着かない。

 ふと、鏡に映るトランクの中に目が止まった。
「……あ、あれ……」
「はい? どうなさいましたぁ?」
 マダムも私の視線を辿り、トランクの中に気付いたようだ。

「こちらでございますか?」
 マダムが取り出してくれたのは、青紫の、まるでバイオレットのような色の生地だった。

(わぁ、綺麗……)

 一目で気に入ってしまったが、きっとベアちゃんの好みとは違うかもしれないと諦めようとした、その時。

「……その色がいい」

 ずっと黙っていたアルフレッド様がぼそりと呟いた。

(え……?)

 私とマダムが同時にアルフレッド様のほうを向くと、彼は慌てたように眼鏡を押し上げる。

「あ……、いや……」

「あらあら、まぁまぁ、公爵閣下、お目が高い! こちら隣国の有名な職人が染め上げた生地でして、とても希少なのでございますわぁ。こちらでしたら、とっても奥様にお似合いかと思いますぅ、オホホホ」

「……それで仕立てを頼む」
「はい、かしこまりましたわ」

「……俺は仕事に戻る」
 アルフレッド様はソファから立ち上がると、応接室の扉の方へ歩いていく。
 部屋を出ていく瞬間に目が合ったが、逸らされてしまった。

(……どうして、この色を……?)

 青紫色の布を見つめていると、ベアちゃんに声を掛けられる。

『まぁ、仕方ないですわね。……スミレにはお似合いですわよ、この色。あの男にしては見る目がありますわね』

「では、ベアトリス様! 次はデザインですわぁ。こちらなんていかがでしょう?」
「え?」

 マダムはばさぁっと、束になったデザイン画を取り出した。
(すごい量……)

「こちらは最近、社交界で大人気のデザインでございますぅっ」
『あら、素敵じゃないですの!』
 ベアちゃんは目を輝かせる。

「それに、こちらなんかも、妖艶なベアトリス様にお似合いだと思いますわぁ」
「そ、そうですね……おほほ……」
 私は延々と続くマダムの話に、耳を傾けた。
 
 生地や、デザイン選びに、採寸、試着と、ドレスは大変だということを私は知ったのだった。
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