身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

15 実践練習をやりましょう

「はぁ……」
 
 私は小さく溜息をついた。いよいよ、夜会が明日に迫る。

 一通りステップは覚えた。ベアちゃんからもギリギリ及第点をもらえたが、本番で上手くできるか不安だ。
 一人でステップは踏めても、ダンスの相手と上手く合わせられるだろうか。

「……はぁ」
 もう一度溜息を吐いたところで、声を掛けられた。

「……どうした? 口に合わないか?」
「え?」

 スプーンを持ったまま考え込んでいたところを、正面に座るアルフレッド様に見られていたようだ。

「い、いえ! 今日もとてもおいしいです!」
 私は慌てて朝食のポタージュを掬って、口に入れた。

「……何か、心配事でもあるのか?」

 そうアルフレッド様に尋ねられ、私は顔を上げた。目が合うと、彼は慌てたように視線を逸らした。

「あ、いや……、あまりに進みが悪いようだから、体調でも悪いのかと……なっ」
 少し早口で言うと、クイッと眼鏡のブリッジを押し上げる。

(……心配してくれてる……?)

「大丈夫です、ありがとうございます。ただちょっと……ダンスが……」
 そう言いかけて慌てて口を押さえる。

(まずい。ベアちゃんはダンス得意なのにっっ)

「な、何でもないですっ」
 どうやって誤魔化そうかと考える。
 
「……ダンス? 明日の夜会のことか? ……君がダンスを不安に感じているとは初耳だな……」

 アルフレッド様はピクリと眉を動かすと、こちらに射抜くような視線を向けた。

「その……っ、不安というわけではないのですが……っ」

(いや、めちゃくちゃ不安だよぉ)

「……今夜、少し時間が空いている。たまには合わせてみるのもいいだろう。……公爵家として、恥を晒すわけにはいかないからな」

「え……?」

 アルフレッド様は一つ咳払いをすると、椅子から立ち上がった。

「……執務室に戻る」
 それだけ言い残し、部屋から出ていった。

 公爵家として恥を晒すわけには……と言っていたけど、私の為に貴重な時間を割いてくれるつもりらしい。

(それって、ダンスの練習に付き合ってくれるってことだよね……?)

 ここ最近、アルフレッド様と過ごしてみて分かったことがある。
 言葉も態度も冷たくて、一見他人を拒絶しているようだが、決して見捨てることはしない。

 その不器用な優しさに気付いて、私の胸は少し温かくなった。

(アルフレッド様はきっと、ベアちゃんのことを大切に思っているのね……)

 テーブルの上に残された朝食の量を確認すると、少しずつだけど、日に日に減ってきているようだった。

「ふふっ、良かった……」
 安心して、思わず私の口から笑みがこぼれた。

 

 私は夜のダンスホールを訪れる。前にも一度、お屋敷探検の時に来たことがあったが、本当に広い。

「学校の体育館くらいありそう……」

『タイークカン? それはなんですの?』
 ベアちゃんが首を傾げる。
「私が通ってた学校にね……」
 
 ベアちゃんに説明をしていると、コツコツと靴音が近づいてきた。

「……待たせたな」

「いえ、お忙しいところすみません。よろしくお願いします」
「あぁ、じゃあ始めるぞ」

 アルフレッド様はクイッと眼鏡を押し上げると、こちらに手を差し出した。

「……?」
 どうしたんだろうと、その手のひらをまじまじと見つめる。

『ちょっとスミレ、手!』
「あっ」
 ベアちゃんに促され、私は慌てて彼の手を取った。

(ダンスを踊るんだもんね、手を繋ぐのよね……)

 私よりも大きい手のひらから温もりを感じて、ドキドキと心臓が高鳴り始める。
 
「……君はいったい何をしているんだ?」

 頭上からアルフレッド様の呆れたような声が聞こえてくる。

「え? 何でしょうか?」
「何って、こんなに腰が引けていてダンスが踊れるのか?」

 アルフレッド様に指摘されて、窓で自分の姿を確認すると、足を開き腰を後ろに引いている姿が映し出されていた。ダンスというより、柔道の組み手のような姿だ。

「あ、すみませんっ、えっと……っ」

 すると、腰に手を当てられ、グイッと引き寄せられる。

「――っ!?」

「はぁ、遊んでいる暇はない。始めるぞ」
 一気に距離が縮まり、私の身体がアルフレッド様に密着する。

(ままっ、待って! ここここんなに近いの!?)
 
「俺がリードするから、君は合わせろ」

 耳元で聞こえるアルフレッド様の声に、ビクッと身体が震えた。
 ドクドクと鼓動が速くなっていく。

(うっ、心拍数が……っ)

 このまま発作が起こるのではないか、と思っているとアルフレッド様が動き始める。
 優雅なステップに合わせて、私も足を動かす。

 不思議なことに、あんなに覚えるのが大変だったステップを自然に踏むことができた。

(あれ? 私、動けるわっ!)

 ホールの中にリズミカルに響き渡る靴音、ターンするたびにクルクルと回るシャンデリア。心地良いリズムを刻む心音、二人の息遣い。
 何ともいえない高揚感に包まれる。

「……ふふっ」

 私の口から笑い声が漏れると、アルフレッド様は訝しげな表情を見せた。

「……何だ?」

「楽しいです! ダンスってこんなにも楽しいんですね! ふふふっ」
 
 私の言葉にアルフレッド様は一瞬、目を見開く。

「……君は……」

 私が一回転して再び戻ってくると、彼は少し冷ややかな笑顔を見せた。

「君は本当に、あのベアトリスなのか……?」

「……え?」

 ドクリと心臓が跳ねる。

(え……、もしかして……バレた……?)

「ふっ、なんてな。……もう、そろそろ終わりにしよう」

 アルフレッド様は静かに笑うと、私の手を離す。

 私は何も言えないまま、その遠ざかっていく後ろ姿を見つめていた。
 
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