身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

16 夜会デビューでございます

 鏡に映る煌びやかな美女に、私は息を呑んだ。

 大きく肩まで開いたオフショルダーの、バイオレット色の艷やかなドレス。全体に金糸の刺繍が散りばめられている。
 長い髪は結い上げられ、耳にはキラキラ光るダイヤモンド、首元には大粒のルビーが輝く。
 
(さすがベアちゃんだわ、宝石に負けない美しさ……)

「それでは奥様、もうしばらくお待ちくださいませ」
 支度をしてくれたエミリーや、他のメイドたちは一礼して部屋を出ていった。

 
 今日は何時間も前から、夜会の準備で大忙しだった。
 お風呂に入り、マッサージをしてもらい、しっかりとお化粧も施され、最後にはぎゅうぎゅうにコルセットを締められた。

(う……、酸欠になりそう……)
 夜会へ出掛ける前に、力尽きそうだ。

『うんうん、やっぱりバイオレットのドレスには、このネックレスがいいですわね』

 私の周りをクルクルと飛びながら、ベアちゃんは一人頷いている。
 アクセサリー選びには、ベアちゃんからアドバイスをもらった。

「でも、ちょっとデコルテの辺、開きすぎじゃないかな……」

 鏡を見ながら、パカッと開いた胸元に手を当てる。
 大きな胸の谷間が見えて、恥ずかしい。ちょっと胸元が強調されすぎな気がする。
 
『何を言ってますの! イブニングドレスなのですから、それくらい普通ですわよ!』
「うぅ……」

 デザイン選びの際、もう少し露出の少ないものをとお願いしたのだが、ベアちゃんとマダム・ロザリンドに押し切られてしまった。

 青紫色のドレスは、ぱっと見の派手さはないが、洗練された上品な美しさが醸し出されている。

(やっぱり、とても綺麗な色……。だけど……)

「……ベアちゃん、本当にこの色で良かったの? 本当は赤が良かったんでしょ?」
 私の問いかけに、ベアちゃんは眉を吊り上げる。

『まだ気にしていましたの? 前にも構わないと言いましたでしょ!』
「……うん」

『それに……』
 ベアちゃんは透き通る手で私のドレスに触れながら、少し表情を緩めた。

『外見は私のはずなのに、どこか別人に見えるのですわ。それはスミレの魂が現れているからかしら……? 不思議ですわね』
「……私の、魂……?」

 ――君は本当に、あのベアトリスなのか……?

 昨夜のアルフレッド様の言葉が浮かび、ドクッと鼓動が跳ねる。
(アルフレッド様にも、私が別人に見えていたということ……?)

「ベアちゃん、どうしよう……。アルフレッド様に別人だとバレてるかもしれないよ……。昨日、疑ってたもん……」
 私は震える手をぎゅっと握る。

『だったら、何ですの? 冷血眼鏡が疑ったところで、あなたは正真正銘ベアトリスですのよ? 魂が別人だなんて、どう証明できると言うのかしら?』
 私の不安をよそにベアちゃんは、何ともないように言った。

「え、それは、そうだけど……」
 彼女の正論に、言い淀む。

『魂だけ別人だなんて、見るからに現実主義っぽいあの男が信じるはずがありませんわよ、おほほ』
「そ、それもそうだよね……」
 ベアちゃんに言われ、胸を撫で下ろす。

(私だって、当事者だけど、まだ信じられない時あるもんね……)

 安心していると、ふいに爆弾が落とされる。

『まぁ、替え玉かと思われてるかもしれないけれど』

(か、替え玉……っ!?)

「ちょ、ちょ、そっちの方がヤバくない!?」

 偽物だと思われて、追い出される。はたまた、公爵夫人になりすました罪に問われ、処刑とかになったら!?

「ベべ……べアちゃ……ん……」
 涙目でベアちゃんに縋るように見つめるが、彼女は顔を背ける。

『まぁ……、その時はその時ですわよ』
「うぅ、そんなぁ……」

 その時、コンコンとドアがノックされ、エミリーが入ってきた。
「奥様。旦那様がエントランスでお待ちです」

 私はピシッと背筋を伸ばす。
 いよいよ、夜会に出発だ。


 重いスカートを持ち上げ、転ばないようにそろりそろりと歩く。
 階段を降りきったところで、エントランスで待っていたアルフレッド様の背中に声を掛けた。

「お待たせして申し訳ございません! ……あ!」
 振り返った彼の姿に、思わず声を上げてしまった。

 黒い夜会服に白のネクタイ、白の手袋をはめ、髪型もいつもと違い、前髪をきっちりと固めていた。
 元々、気品のあるアルフレッド様だけど、今日はまた一段と洗練されている。

(本物の貴族は、やっぱ違うな……)

 私がまじまじと見つめていると、アルフレッド様が訝しげな視線をこちらに向けた。

「……何だ?」

「あ、いえ、とても素敵だな……と」

 私が素直に感想を述べると、アルフレッド様は一瞬、驚いたように目を見開く。

「……は?」
「え?」

 しばらく見つめ合っていると、ふいと瞳を逸らされる。横を向くと眼鏡を上げながら、ぼそりと何か呟いた。

「あ……、その、君も……、に……似合っている……」

 辛うじて聞き取れた言葉に、ドキッと胸が高鳴る。

「えっ!? あ、ありがとうございます……」

 ベアちゃんが美しいのは当たり前だけど、まるで自分が褒められたかのような錯覚を起こし、恥ずかしさで身体がむずむずして落ち着かない。

 胸元をさり気なく手で隠しつつ俯いていると、突然、ふわりと肩に布のような物を被された。

「……っ!?」

 肩に掛けられたのは、白いシルクのショールだった。
 驚いて顔を上げると、アルフレッド様はまだ目を逸らしている。

「……いや、デザインについて仕立て屋に押し切られたと、メイドから報告を受けた。……か、風邪でも引かれたら大変だからな。これでも羽織っていろ」
 アルフレッド様の口調は、心なしか早口に感じられる。

 肌触りのいいショールを身に包んだ私は、さっきまでの不安が飛んでいった。胸の中がほんわかと温かくなる。

「……ありがとうございます」
「……あぁ。……じゃ、行くぞ」

 アルフレッド様が腕を差し出したので、私はその腕にぎこちなく自分の手を絡めた。
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