身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

17 こちら、夜会会場からお送りします

 初めて乗る馬車に興奮しているうちに、ブラン伯爵邸に到着した。
 私達が降りると、馬車は遠ざかっていく。

(馬、可愛かった! 今度、厩舎を見学させてもらおうかな……)

「どうした? 行くぞ」
 アルフレッド様に声を掛けられ、我に返る。
「……は、はいっ!」

 本番はこれから。私は気を引き締め、大きく息を吸った。

 
「これはこれはヴァレンシュタイン公爵閣下、公爵夫人。今宵はお越しくださいまして光栄でございます」

 大広間の入り口で、ブラン伯爵と思われる紳士から挨拶を受けた。

「あぁ。お招き感謝する、ブラン伯爵」
 アルフレッド様が手慣れたように挨拶を交わしたので、私は微笑みを浮かべる。

 ベアちゃんからは事前に、『とにかく笑っていなさい!』と、指導を受けていた。
 顔が引きつりそうになるが、どうにか持ち堪える。

 ブラン伯爵の隣には夫人らしき中年の女性がいて、その隣に若い女性が立っていた。

 輝くような金髪に、大きくて優しげな目元。ただそこに立っているだけなのに、とても目を惹いた。

(わ……、綺麗な人……。も、もしかして、この人がマリアンヌ様……?)

 私はとっさにベアちゃんの様子を窺う。彼女はマリアンヌ様を見つめたまま硬直していた。

(……ベアちゃん……)

 ベアちゃんは私の視線に気付くと、バツの悪そうな顔をして目を逸らす。

 私が再びマリアンヌ様の方を向くと、彼女と目が合った。

 ――マリアンヌ様のことを避け続けていますの。……だって、普通になんて……、できませんわ……っ。

 先日のベアちゃんの悲痛な叫びを思い出した。

(私は、どう接したらいいんだろう……)

 私はマリアンヌ様に向かって、躊躇いながら微笑む。すると、澄んだエメラルドの瞳が一瞬揺れ、花が咲いたように微笑み返してくれた。

「ベアトリス、行くぞ」
「は、はい」
 アルフレッド様に促され、私は大広間へ足を踏み入れる。

「ヴァレンシュタイン公爵閣下、並びにベアトリス夫人のご入場でございます」

 大きな声で紹介されると、会場中の視線が一斉にこちらに注がれる。

(――ひっ!?)
 心臓が破裂しそうになるくらい高鳴り、息が止まりそうになる。

(ど、どどどうしよう……)
 足が震えて上手く歩けない。アルフレッド様の歩くテンポに合わなくなった。

 もし、ここで転んだりしたら……。もし、私が失敗でもしたら……。
 脳裏に、悪い想像ばかりがよぎる。

「……大丈夫だ」
 ぼそりとアルフレッド様の囁く声が聞こえ、顔を上げた。
 目が合うと視線が逸らされ、アルフレッド様は軽く咳払いをする。

「……あ、いや、少しくらいの失敗は、どうとでもできる……ということだ」
「え……?」

(それって、アルフレッド様が助けてくれるってこと……?)

 さっきまでの不安が、嘘のようにスッと消えていく。

「……ありがとうございます……」

 小声でお礼を言うが返事はない。しかし、さっきよりも歩くスピードが遅くなったのが分かる。

 足の震えはまだ完全には治まらないけど、私はしっかりとした足取りで歩みを進めた。

 
 しばらくすると、会場が一斉にざわめき立つ。

「ルドルフ第二王子殿下、ご入場でございます!」
 会場を颯爽と歩く、第二王子の姿が見えた。金色の髪、スラリと伸びた手足、全身に纏うオーラは人々を圧倒している。

(わぁ、すごい、本物の王子様だぁ……)
 第二王子様はマリアンヌ様の婚約者だと、ベアちゃんが話してくれたことを思い出した。
 
 
 伯爵から開会の挨拶がされると、王子様とマリアンヌ様のファーストダンスが始まる。
 華やかな演奏に合わせ、二人は優雅に踊っている。
 
 隣のベアちゃんは二人の方を見つめていたが、その表情からは感情は読み取れなかった。

 盛大な拍手の音に我に返ると、他の貴族たちが次々と踊り始めた。
 煌びやかなドレスの貴婦人たちがくるくると回る。

(すごい熱気……。なんかお祭りみたい……)

 胸の高鳴りを抑えながらダンスに見惚れていると、アルフレッド様から声を掛けられた。

「……俺達も踊るか」
「は、はい」
(わ、いよいよ本番だ……っ。――よし、頑張るぞ!)

 気合いを入れ直して、アルフレッド様の後ろを追いかけようとしたその時、スカートの裾を思いっきり踏んでしまう。

「わっ!? わわ……っ」

 そして、そのまま目の前のアルフレッド様の背中に、ガシッとしがみついた。

「……はぁ、びっくりした……」

 転ばなくて良かったと安心したのも束の間、自分の体勢に気付いて仰け反る。

「あっ、すすすみません!」

 アルフレッド様は振り向きざまに、大きく息を吐く。

「……君はいったい、何をしているんだ……」
 呆れたような声に、私は顔を上げられず俯いていた。

(うぅ、失敗しちゃったよぉ……)

「……ふっ」

(……え?)
 小さく吹き出すような声が聞こえて顔を上げる。

(うそ……。笑った……)
 初めて見る柔らかな彼の表情にドキッとする。

 目が合うと、アルフレッド様は慌てて口元を手で隠した。

「……あ、な、何でもない。き、気を付けろ」

 視線を横に逸らしながら早口で言い、こちらに向かって手を差し出す。

「……はい」

 私が彼の手を取ると、手袋越しに温もりが伝わってくる。

 ――その手に導かれながら、私はダンスを無事に踊ることができたのだった。
< 17 / 27 >

この作品をシェア

pagetop