身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

19 以上、夜会会場からお送りしました

 ずっと姿が見えなかったベアちゃんが、急に目の前に現れた。

「わっ、ベアちゃん!? びっくりした、どこ行って……」
『マリアンヌ様を追いかけて!!』
 ベアちゃんが私の言葉を遮って叫ぶ。

「え!? マリアンヌ様!? どうかしたの?」
『早く早く! あっちですわ!』
 私の質問には答えず、ベアちゃんは会場の出口を指差す。

 ベアちゃんの切羽詰まった表情を見れば、ただ事ではないのは分かる。でも、勝手に会場を出てもいいのかと、二の足を踏む。

(……アルフレッド様に伝えないといけないよね……?)

『スミレ! お願いですわ! 一緒に来て!』

 ベアちゃんの見たこともない真剣な表情に気圧され、私は頷く。

「……うん、わかった」
 私はベアちゃんの後を追い、会場を飛び出した。


 点々とランプの灯る回廊を進むと人影が見えて、私は慌てて柱の陰に隠れて様子を窺う。

 月明かり照らされた人影の中に、マリアンヌ様の姿が見えた。マリアンヌ様の正面には、派手なドレスの女性が三人見える。

「……誰?」
 覗いていることを気付かれないように、小声でベアちゃん尋ねた。

『あれはカタリナ・グランジュ公爵令嬢ですわ。あと、取り巻きの令嬢ですわね』

(カタリナ・グランジュ公爵令嬢……)

 ここからだと、顔は良く見えない。マリアンヌ様に向かって扇子を振りながら、何かヒステリックに叫んでいる声が聞こえてくる。

「身の程を知りなさいっ! あなたのような家格の娘が、殿下の隣に立つことなど不敬に値するのですわっ。低能なあなたは、そんなことも分からないのかしら!」

 マリアンヌ様はその言葉を、じっと黙って聞いていた。それが気に入らないのか、公爵令嬢はもっと激しく罵っている。

「どどどうしよう……ベアちゃん……。誰か呼んで来たほうがいいんじゃないかな……」
『そ……そうですわね……』
 ベアちゃんと顔を見合わせる。

「ちょっと、あなた、聞いていますの!?」

 その時、公爵令嬢が扇子を振り上げ、それをマリアンヌ様へ投げつける。

「きゃっ!!」

 悲鳴を聞いて居ても立っても居られず、私はマリアンヌ様を庇うように間に飛び出した。

「――やめてください!」

 私が飛び出すと公爵令嬢が驚いたように、目を見開く。

「……あら? これはこれは、ヴァレンシュタイン公爵夫人ではありませんか。このような場所でお会いするとは、思いませんでしたわ」
 そう言って目を細め、微笑む公爵令嬢。

(うわぁ、この人も美人さんだなぁ。でも、目が笑ってない……)

「そ、そうでございますわね……、おほほ」

「私は、彼女とお話しておりますの。そこをどいてくださいませんか、公爵夫人?」

 口元には笑みを浮かべつつも、何ともいえない圧力のようなものを感じ、背中に冷や汗が流れ落ちる。

「いいえ、そういうわけにはいきませんわ、おほほ」

 私が断ると、公爵令嬢の眉がピクッと吊り上がった。

「……そういえば、公爵様とはご一緒ではありませんの?」
「え?」

 急にアルフレッド様の話になったので、私は瞬きを繰り返す。

「あ、申し訳ございません、夫人。公爵様とは、関係がお悪いってことを失念しておりましたわ」

 公爵令嬢は大袈裟に謝り、優雅に口元に手を当てた。まるでドレスを品定めするかのように、視線を下から上へ動かす。

「今夜の装いも、ベアトリス様にしてはやけに地味ではございませんこと? うふふっ、好きなお色のドレスも買ってもらえませんの?」

 私は息を呑んだ。
 自分には違和感があっても、赤にするべきだったと後悔する。
 
「折角ご結婚なされても全く愛の無い仮面夫婦だなんて、お可哀想ですわ。いつ捨てられるのかって、社交界では専らの噂ですのよ? ……ねぇ、ベアトリス様?」

 まるで心配しているかのような口ぶりだが、その瞳はこちらを嘲笑っている。

(……ど、どうしよう……)

 私の軽はずみな行動のせいで、ヴァレンシュタイン公爵家や、アルフレッド様の顔に泥を塗ってしまうかもしれない。

 ……震える手を握りしめた、その時だった。

 
「――誰が、誰を捨てるだと?」

 低い声が響き渡る。
 振り返るとアルフレッド様が、眼鏡越しに鋭い眼光をこちらに向けていた。

「こ、公爵閣下!? な、何でもございませんわ!」

 公爵令嬢たちはアルフレッド様の顔を見るなり顔色を変え、一目散に逃げ去っていった。

 私がほっと胸を撫で下ろすと、アルフレッド様がこちらへ駆け寄る。

「会場から出るなと言っただろう!!」

 すごい剣幕で怒られて、身を縮める。

「……っ、ご……ごめんなさい……っ」
 私はしょんぼりと顔を伏せた。

「あの、申し訳ございません、公爵閣下。公爵夫人は私を助けてくださったのです。すべては私の責任ですわ」

 マリアンヌ様が私を庇ってくれた。彼女自身も大変なことがあったというのに、なんて優しい方なんだろう。
 アルフレッド様は大きく息を吐いた。

「……ブラン伯爵令嬢はお戻りください。殿下が心配なさいますので」
「は、はい……」
 マリアンヌ様はチラリと何か言いたげにこちらを見たが、一礼して会場の方へ戻っていった。

「……帰るぞ」
 アルフレッド様はぼそりと呟くと、歩き出す。

「……あ」
 私は慌てて後を追い掛ける。

(私、また……怒らせちゃった……)

 切なさが溢れる胸の前で、私はぎゅっと手を握りしめた。 
 
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