身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

20 このお菓子はとっても甘いです(1)

「はぁ……」

 花が咲き終わり、葉だけになった菫が風に揺れる庭園で、私は溜息をつく。

 昨夜はアルフレッド様と気まずいまま帰路についた。

 今朝は夜会の疲れからか寝坊をしてしまい、起きた頃にはアルフレッド様は出掛けた後だった。
 セドリックさんから、王宮へお仕事に向かったと教えてもらった。
 だから、あれから顔を合わせていない。

『スミレ、元気を出しなさいな。それにしてもあいつは本当に狭量な男ですわ! スミレを怒るなんて見当違いも甚だしいっ』
 ベアちゃんは腕を組み、怒りが収まらないといった様子だ。

「でも、私が黙って会場を出たから……」

『いいえ! 元はといえば、あのルドルフ殿下の責任ですわよ。婚約者でありながら、マリアンヌ様を危険に晒すなんて! ……伯爵家という立場上、彼女に不満を抱く者がいないはずがないのですわ。特にカタリナ様辺りは……』
 ベアちゃんは唇を噛みしめる。

(カタリナ様って、昨日の公爵令嬢のことだよね……?)
 
「どういうこと?」
 私が尋ねるとベアちゃんはこちらを一瞥して、遠くの花壇を見ながら話し始めた。

『……殿下の婚約者候補の筆頭は、カタリナ様だったのですわ。それを殿下がマリアンヌ様を見初め、婚約者に決めましたのよ。あの腹黒王子、裏でかなり手を回したんじゃないかしら』
 ベアちゃんは憎らしそうに顔を歪めている。

(は、腹黒王子って……) 

『まぁ、カタリナ様は気に入らなかったのでしょうね。幼少の頃から王家に嫁ぐつもりでいましたのに、それを格下の伯爵令嬢に奪われたと。……マリアンヌ様は何も悪くはないのに、悔しいですわっ』
 ベアちゃんは怒り心頭といった様子で、両手を握った。

「……そうなんだ……」
 私は納得して、首を振る。
 王子様の婚約者候補となると、小さな頃から教育を受けるのだろう。そんな小説を読んだことがあった。
 
『ですから、スミレが飛び出していった時は驚いたけれど、嬉しかったですわよ』
「ベアちゃん……」

『何の役にも立たなかったけれど』
「うっ……」
 グサッと、ベアちゃんの辛辣な一言が胸に刺さる。

 後先も考えず飛び出し、結局、カタリナ様に一方的に嫌味を言われただけだった。
 ベアちゃんだったら、ちゃんと言い返していたはずだ。
(……本当はベアちゃん、自分でマリアンヌ様を守りたかったんじゃないのかな……?) 

 それに私は、公爵夫人としての評判も落としてしまったのかもしれない。だから、アルフレッド様もあんなに怒ったのだろう。

「アルフレッド様が帰ってきたら、ちゃんと謝るよ。迷惑かけちゃったからね……」

 私の言葉にベアちゃんは大きく溜息をつく。

『はぁ、スミレがそんなに気にすることありませんのに。……あの男が素直じゃないのがいけないのですわ。心配なら心配だと言えばいいものを……、本当ヘタレ眼鏡っ』

 ベアちゃんは途中から、ブツブツと独り言のように呟いてよく聞き取れない。

「ごめん、何て言ったの?」
『いいえ、こちらの話ですわよ、ふふっ』

 ベアちゃんは教えてはくれず、意味深に笑うだけだった。


◇ ◇ ◇

 夕食後、アルフレッド様が王宮から戻ってきた。
 ベアちゃんには一人で行きなさいと言われ、私は一人で執務室に向かう。
 
 数回深呼吸をしてから、私はドアを叩く。

「……セドリックか? 入れ」
 
 ドア越しに落ち着いたアルフレッド様の声が聞こえたが、セドリックさんと勘違いしているようだった。

(どうしよう……。夜に来るべきじゃなかったかも……)
 戸惑いながらも返事をする。

「あ……、いえ、私……べ、ベアトリス……ですが」

 ガタンッ!!
 室内から何かがぶつかるような音が聞こえて、心配になった。

(どっ、どうしたんだろう!? もしかして、アルフレッド様の身になにか!?)

「だ、大丈夫ですか!?」

 私は部屋の中に声を掛け、様子を探るようにドアに耳を張り付けた。

 あれから音がしない……。
 不安になって、もう一度声を掛けようとした時、中からアルフレッド様の声が聞こえた。

「……だ、大丈夫だ。何でもない。……入れ」
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