身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

23 これが病気じゃないことは知っています

 アルフレッド様の執務室から部屋に戻ってくると、ベアちゃんがスッと目の前に現れる。

『どうでしたの? ちゃんと上手く話せたのかしら……って、どうしましたのよ!? 顔が真っ赤ですわよ!?』
「えっ!?」

 ベアちゃんに指摘され、慌てて自分の頰を手で押さえる。たしかに顔が燃えるように熱い。

『スミレ、何がありましたの!? 大丈夫ですの!?』
 ベアちゃんは心配するように、私の顔を覗き込む。

「うん、大丈夫、……な、なにもないよ……」
 そう答えつつも、まだ胸がドキドキとしている。
 さっき掴まれた腕の感触や、指先に触れた唇が思い出される。

(……な、なんか、やけに色気があったよね……って、何を考えてるのーっ)
 再び熱が上がりそうになる。

『ちょっと、ま、まさか……、あのヘタレ眼鏡に何かされたんじゃ……』
 ベアちゃんは深刻な顔で呟き、わなわなと震えだす。

「へ?」
(ヘタレ眼鏡!? それってアルフレッド様のこと? なんでヘタレ……?)

『い、いつもはヘタレのくせに、いくら夫婦だからって、嫌がるスミレに無理矢理なんて、卑劣ですわ〜っ!』

 突然、ベアちゃんがとんでもないことを叫ぶ。

(え〜〜〜っ、なんか勘違いしてる!?)

 私は誤解しているベアちゃんに向かって、慌てて手を振った。

「ち、違うよ! 何もないから! 私の方が無理矢理、お菓子を食べさせたのっ!」
  
『…………はい?』

 目を丸くして固まったベアちゃんに、さっきのことを説明する。


『な……、なんだ、そうでしたの。びっくりさせないで』
 ベアちゃんは胸に手を当て、大きく息を吐いた。

「そ、それはそうだよ。まさか、アルフレッド様に限ってそんなことあるわけ……っ」

 私が否定すると、ベアちゃんは冷ややかな視線をこちらに向ける。 

『でも、夫婦でいる限り、世継ぎ問題からは逃れられないですわ』
「え……、世継ぎ問題……?」

 その言葉に私はハッとした。
 ベアちゃんが初夜にバルコニーから飛び降りた理由。私に身体を譲ってまで、逃げたかったことだ。


 私は身体を押し売りされたときから、いつかは返さなくてはいけないと思っていた。きっとベアちゃんは自暴自棄になっていただけだからと。

 もし身体を返したら、彼女を苦しめることになるのだろうか。それでも、私がずっとここで、彼女の代わりをしていていいはずがない。

「……ベアちゃんは、このままでいいの……? いつまで幽霊でいるの? 身体に戻れなくなったら大変だよ。……マリアンヌ様と直接会えなくなっちゃうんだよ……?」

 私の問いかけにベアちゃんは睫毛を伏せ、黙り込んでしまった。

 しばらく沈黙が続き、ベアちゃんが静かに口を開く。

『……じゃあ、逆に聞きますけれど、スミレはいいんですの?』
「え?」
 私は質問の意味が分からずに、首を傾げる。

『私は身体に戻っても、子をもうけるつもりはないけれど、公爵家には必要ですわ。そうなると、妾をあてがわれるでしょうね』

「め、妾っ!?」
 
 ベアちゃんの言葉に思わず声を上げてしまった。

(そ、それもそうよね……。家のためには……)

『あなたは耐えられるのかしら? 自分が天に召された後、ヘタレ眼鏡は別の女性と子をもうけるのですわよ?』
 
「あ……、それは……っ」
 
 ベアちゃんに射抜くような視線を向けられ、私は言い淀む。

 チクリと胸の奥に何かが突き刺さるような、痛みが走る。

(わ……わたし……っ、どうして……?)
 その痛みを押さえ込むように、胸に手を当てる。


 私はこの世界に来て、色々な体験ができた。

 素敵なお屋敷に暮らせて、使用人の皆さんも優しくしてくれて、食事もおいしくて、庭園も自由に散歩できる。
 煌びやかな夢のような夜会に参加したり、ダンスも踊れて、毎日が楽しい。

 アルフレッド様も、最初はちょっと怖そうな人だと思ったけど、そんなことはなかった。

 一緒にミントティーを飲む時間は、とても大事なひとときになった。不安だったダンスの練習にも付き合ってくれて、夜会では迷惑をかけたのに助けてくれて、こんなお菓子も用意してくれた。

 お菓子の箱に巻かれていた、ブルーのリボンに視線を落とす。
(……綺麗な菫色のドレスも選んでくれたよね……)

 思い返せば返すほど、きゅっと胸が締め付けられる。

(これ以上は、欲張っちゃいけないよ………)

 ――まだ、大丈夫だ。今なら、まだ。

 私は胸に湧き上がる感情に、そっと蓋をした。

 
 ◇ ◇ ◇

 数日後のこと。
「奥様宛に書簡が届いております、どうぞ」

 エミリーが手紙を載せたトレイを、こちらに差し出した。
「え、私に? ありがとう」

(誰だろう……?) 
 手紙を受け取り、差出人を確認するために裏返す。そこには美しい字で名前が書かれていた。

 ――マリアンヌ・ブラン

(まっ、マリアンヌ様!?)

 私が慌てて、天井付近にいるベアちゃんに視線を向けると、彼女は怪訝そうな顔で首を傾げている。
 エミリーが部屋を出てから、私はベアちゃんの方に手紙を振って見せた。

「ベアちゃん! マリアンヌ様からだよ!」
 私の言葉に、ベアちゃんは瞬時に降りてくる。

『な、なんですって! スミレ! 早く見せなさい!』
 すごい剣幕で、私の目の前に顔面を近付ける。

「わ、分かったから……。ベアちゃん、ちょっと近いよ……」
『あら、おほほ。ごめんあそばせ』

 ベアちゃんが離れたので、私はゆっくりと手紙を開く。手紙の封はすでにナイフで切られていた。

「ん? 開いてるけど、どうして?」
「あぁ、セドリックが確認したのでしょ。書簡はまず家令が確認するのですわ」

 ベアちゃんは当たり前のように言うが、私には信じられない。自分宛の手紙を先に他人に読まれるなんて、プライバシーもあったもんじゃない。

『スミレ、早くしなさい!』
 手が止まっていると、ベアちゃんに急かされる。
「あ、ごめん」

 手紙には、夜会で助けたことへのお礼と、久々に会えて嬉しかったと書かれていた。

 ベアちゃんは、食い入るように手紙を見つめている。その瞳はどこか潤んでいるようにも見えた。

「お返事、書かないといけないよね……」
 そう呟いた時、私はある考えが閃く。
 
「あ、ベアちゃんがお返事書けばいいよ!」

『私!? 何を言ってますのよ! 私は幽霊ですのよ? 書けるわけないじゃないですの』
 ベアちゃんは目を丸くした後、呆れたような顔をする。

「あ、もちろん書くのは私だけど、ベアちゃんの言葉でお返事した方が、マリアンヌ様も喜ぶと思うよ」
『……スミレ……』
 ベアちゃんの瞳が揺れる。

『……えぇ、そうね。ありがとう……』
 そう言って優しい笑顔を見せてくれた。
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