身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

24 裏庭でティータイムです(1)

『……ミレ、スミレッ、前!』
 
「――っ!?」
 
 気付いた時にはすでに時遅し、私はドアに額を打ちつけた後だった。
「……いたた……」
 額を擦る。

『ちょっと、気を付けなさいよ! 私の綺麗な顔に傷を付ける気ですの?』
「う〜、ごめん……」

『ミントを採りにいくのでしょ? こんなにぼんやりしていて大丈夫かしら?』
「じゃあ、ベアちゃんも一緒に行く?」

 私はベアちゃんを誘うが、彼女はスッと机の方に飛んでいく。

『私はマリアンヌ様のお手紙を読み返してますわ。あなたは一人で行きなさいな』
 ベアちゃんはしっしっと、追い払うように手を振った。

「うん……分かった、行ってくるね」
 私は籠を持つと、部屋を後にする。

 昼食の後は散歩がてらミントティー用のミントを採りに、裏庭に行くのが日課になっている。

 いつも一緒に付いてきたベアちゃんは、最近は部屋でマリアンヌ様からのお手紙を読んでいることが多い。

 実はマリアンヌ様からお礼のお手紙をいただき、その返事を出してから、文通が始まったのだ。

 ベアちゃんがマリアンヌ様を避けていた時間を取り戻すように、二人は交流を深めている。


「……だいぶ暑くなってきたなぁ……」

 庭園には一面、芳しい色とりどりのバラが咲き始めている。
 歩いていると、照りつける太陽にめまいがしそうになった。

 少し休もうと木陰に入る。
 急な暑さのせいだろうか。最近少し、頭がぼんやりする。
 さっきも部屋のドアにぶつかってしまったし、昨日も廊下の柱にぶつかりそうになった。

「ふぅ……」
 一息ついてから、裏庭へ歩き出そうとした時、後ろから声を掛けられる。

「……裏庭へ行くのか?」
 
「アルフレッド様? どうしたんですか?」

 今まで庭園で会ったことはなかったので、驚いてしまった。家の主人なんだから、どこにいてもおかしくないが。

「し、執務室から見え……っ、いや、お……俺も裏庭に用事がある」
 視線を逸らして、長い指で眼鏡を押し上げる。

「あ、そうなんですね。じゃあ、一緒に行ってもいいですか?」
「あぁ、構わない。……それを貸せ」
「え……、ありがとうごさいます」 

 アルフレッド様は私の持っていた籠を取り上げると、先に歩き出す。私はその後を追い掛けた。

「……その……体調でも悪いのか……?」

 そう尋ねられアルフレッド様の方を見上げると、彼は正面を向いたままだった。

「体調ですか? いいえ、特には……」
「なら、いい」

(……もしかして、心配して来てくれたのかな……?)
 不器用な優しさに触れ、きゅっと胸が疼くが、私はその気持ちに気付かないふりをした。

 
 裏庭に到着すると、私は早速ミントを採り始める。

「ん? こんなに自生してるのか?」 
 アルフレッド様は感心したように、足元に茂るミントを見つめている。

「はい、すごいですよね! いい匂い〜」
 私は採ったミントをクンクンと嗅いだ。
 
 それを見ていたアルフレッド様が、眉間に皺を寄せて硬直している。

(……あ、いつもの癖で嗅いでしまった……。まずい、草の匂いを嗅ぐなんて、公爵夫人として、はしたないって怒られるかも!?)
 そう思って身構えていると、

「――ふっ、君はっ、まったく、ははっ」

 アルフレッド様は眉を下げ、突然笑い出す。

 こんなに楽しそうに笑った姿は、見たことはない。

「えっと……」
 私が驚いて見つめていると、

「あ……、いや、コホンッ」
 彼は慌てたように咳払いをした。
 その場にしゃがみ込むと、ミントに手を伸ばす。

「これを採ればいいのか?」
「えっ? 汚れますよ! そのようなことをしては……っ」
 私が制止しても、彼はそのままミントの葉を摘み始めた。

「……良い香りがするな……」

 穏やかに微笑む横顔を見つめていると、爽やかな香りを乗せた風が、二人の間を通り抜けていった。

 しばらく黙ってミントを摘んでいると、アルフレッド様がポツリと呟いた。

「……まだ母が生きていた頃、ここでよく両親とお茶をしていた……」

 アルフレッド様の瞳は、懐かしげに細められている。
 彼から直接、ご家族の話を聞いたのは初めてだった。

(ここは、アルフレッド様とご両親の、大事な思い出の場所なのね……)

「……そうなんですね! たしかにこの場所でお茶なんて、最高に素敵です!」

 アルフレッド様はミントを籠に入れると、スッと立ち上がる。

「……分かった」
 そう言い残し、その場から立ち去っていった。

「え……、どうしたのかな……?」

(あれ? 裏庭の用事はいいのかな?)
 私は訳が分からないまま、遠ざかる背中を見つめていた。

 ――それから、三日後に、その理由が分かったのだった。
  
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