身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

25 裏庭でティータイムです(2)

 アルフレッド様とミントを採った日から、三日経った午後。日課のお散歩に行こうと思っていると、エミリーが私を迎えにきた。

「奥様、旦那様がお呼びでございます」
「え?」

(アルフレッド様が? ……どうしたんだろ?)

 エミリーの後をついて行くが、執務室ではなく、階段を降りていく。

「あれ? エミリー、どこに行くの?」
 私が尋ねると彼女は振り返り、笑みを浮かべた。

「はい、裏庭へ」
「裏庭?」

(え? どうして?)
 私は首を傾げながら、歩みを進めた。

 裏庭に到着すると、私は驚いて目をいっぱいに開けた。

「え? え? これは……?」

 裏庭のテラスに放置され、朽ちて使われていなかったガーデンテーブルが真新しいものに変えられている。
 割れていたレンガのテラスの床も、綺麗に修繕されていた。

 テーブルの上のティースタンドには、様々な種類のお菓子が載っている。
 突っ立って見つめていると、先に席についているアルフレッド様と視線が合う。

「どうした? 座ったらどうだ?」
「え……、はい……」

 戸惑いながら、エミリーに引いてもらった椅子に腰を掛ける。

 私が席につくと、メイド達が素早くお茶の準備をしてくれた。
 私はまだ状況が掴めず、考えを巡らせる。

 今日って、何かの記念日だったのだろうか……。

 ベアちゃんからは何も聞いていない。
 ついさっきも、彼女は『部屋で留守番してますわ』って手を振って見送ってくれたが、特に変わった様子はなかった。

(……結婚記念日……ではないし。誕生日……?)

 そういえば、アルフレッド様の誕生日っていつだろう。
 ちらりと様子を窺うと、アルフレッド様と目が合った。
  
「なんだ?」
「えっと……、今日は、何か特別な……記念日とか……でしたっけ?」

 アルフレッド様は私の言葉に目を逸らし、なぜか口元を手で隠す。

「いや……、何もないが……」
「何も……?」

「君が、ここでお茶がしたいと……言っただろう……」
 言いづらそうに、小声でブツブツと呟いた。

「え!?」

(そうだっけ!? 私、いつそんなこと言ったっけ? 素敵だなとは言った気がするけど……)

 私の何気ない一言を聞いて準備してくれたんだと思うと、素直に嬉しい。

「……ありがとうございます……」

「……あぁ」
 アルフレッド様は眉間に皺を寄せ、カップに口を付けた。


 ミントティーを口に含み空を見上げると、裏庭の心地良い風が吹き抜け、髪を揺らす。
 緑の香りに混ざって、甘くて爽やかな香りがした。

「あれ? この香りは……? 花のような……?」
 毎日散歩に来ていたが、今日初めて気付いた。

「……ん? ……あぁ、リンデンの花だな」
「リンデン……?」

 そういえば、リンデンの木のことをベアちゃんに聞いたことがあった。

(あの木って、花が咲くのね……)
 リンデンの木のほうを見ると、黄色の花が咲いているのが分かった。

「あの、近くで見て来てもいいですか?」
「……あぁ」

 木の近くに行くと、甘い香りが濃くなってくる。見上げると、小さな白のような黄色のような花が、いっぱいに集まって垂れ下がっていた。

「わぁ、可愛い!」

 青い空に、緑色の葉と、黄色の花が浮かんで見える。
 その景色に見惚れていると、一瞬、意識が抜けるような感覚がした。

(あ……あれ……?)

 視界が歪み、後ろに倒れるかと思った、その時――。

「大丈夫か!?」

 背中をがっちりと支えられる。アルフレッド様は心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「……え? あれ? もう大丈夫です! す、すみません!」

 私が慌てて離れようとすると、腕に力が込められる。

「――!?」

 身体は硬直し、心臓が激しく打ちつける。

「……最近、ぼんやりしていることが多いな。……何か、心配事でもあるのか?」
 耳元でアルフレッド様の声が聞こえて、ビクリと身体が震えた。

「……いえ、別に心配事なんて……」
 私は首を振る。
 
「……心配しなくてもいい。君が誰であったとしても、俺が君を……守るから」

(え――!? ……それって、私がベアトリスではないと気付いて……?)

 私がアルフレッド様から身体を離すが、彼は私の震える手を掴んだまま離そうとはしない。

 アイスブルーの瞳が、私を真っ直ぐに捉えている。
 いつもはどこか、冷ややかな空気を纏う彼には、珍しい熱のこもった視線だった。

(アルフレッド様……?) 

 耐えられずに私が目を逸らすと、腕を引かれ、その広い胸に抱きしめられた。

「……俺は、君を……愛しているんだ。……放したくはない」

 まるで縋るようなアルフレッド様の声。私を抱きしめるその腕は震えている。

(う……そ……、アルフレッド様が、私を……?)

 信じられない。
 息ができなくなるほど、私の鼓動は激しく高鳴っている。きゅっと胸の奥が締め付けられて、苦しい。

 私は腕の中で、何度も首を振った。
 自分でも気付かなかった、いや、気付かないふりをしていた気持ちが溢れ出してくる。

(……わ……たしは……、私も……っ)

 喉まで込み上げる言葉を寸前で飲み込み、彼の胸を押し返す。
  
「……ご、ごめんなさい……、私は……」

(……私は……もう、死んでいるんです……。……ここにいては、いけないんです……)

 いつか消える私は、アルフレッド様の気持ちを受け入れることはできない。

 私が俯いていると、小さく息を吐く声が聞こえた。

「……突然、すまなかった。……俺は君の味方であることは忘れないでくれ」

 アルフレッド様は切なげに微笑むと、背中を向けて歩き出した。

 遠ざかる背中が、段々と滲んで見えなくなる。

 辺りに立ち込める香りは、どこまでも切なく、甘い香りだった。 
 
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