身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

26 そんなに✕✕されても困ります!

 昨日はあれからティータイムを再開したが、アルフレッド様は普通に接してくれていた。

 私はというと、何を話したのか、何を食べたのかも記憶に残っていない。ただ、心配をかけたくなくて、笑顔でいるように心掛けた。

 夜もよく寝られず、辺りが明るくなった頃には目が覚めてしまった。
 身体を起こすと少しだるく感じる。

『スミレ……? よく眠れませんでしたの?』
 ベアちゃんが、私の元へ飛んでくる。

「あ、起こしちゃった? ごめんね……」

 朝の準備の時間にはまだ早いが、ベッドから出ようと床に足を付けた。

 その瞬間、視界が暗くなり身体がぐらりと揺れ、とっさにベッドの上に倒れ込む。

『きゃあぁっ、スミレ! 大丈夫ですの!?』
「……あ、うん。大丈夫だよ……」

(び、びっくりした……。……立ちくらみかな? 最近、多いんだよね……)

『ちゃんと寝てないからですわ! 睡眠は、健康な身体と美貌を保つには必要不可欠なのですわよ! 分かりましたわね!』
「そ……そうだよね。ごめん、気を付けるね」

(身体をベアちゃんに返す時に、ボロボロになってたら大変だもんね。気を付けよう……)

 返す時……と自分で考えて、きゅっと胸の辺りが苦しくなるのが分かったが、私は慌てて振り払った。

  
 その後、エミリーが来て支度を終えた私は、いつもより早く朝食のためにダイニングルームへ行くことにした。

 部屋を出てすぐ、執務室から出てきたアルフレッド様と遭遇してしまった。
 まだ心の準備ができていなかったが、挨拶をしようと頭を下げる。

「あ……、お、はようございましゅっ」

(か……噛んだ、思いっきり噛んだ……)
 恥ずかしさと気まずさで、顔に熱が集中してくる。

「……おはよう」
 アルフレッド様は眼鏡を押し上げると、特に気にしたような素振りは見せずに、階段の方へ歩いていく。

(……気にしてるのは、私だけ……?)
 胸の中がひやりと冷たくなる。
 
『あら? 何を動揺してるのかしら、あのヘタレ眼鏡』
 ベアちゃんがなにか独り言を呟いた。

「ん? どうしたの?」
 私が尋ねると、ベアちゃんは笑顔を見せ首を振った。
『いえ、何でもありませんわ。ほら、行きましょう』
 そう促され、彼の後を追った。
 

 アルフレッド様の背中を見ていると、ふと昨日のことが頭をよぎる。

 ――君を、愛しているんだ。

 アルフレッド様の真剣な表情や、あの腕の温もりを思い出して、胸がぎゅっと締め付けられる。
 
 もし、私がずっとここにいられたら――。 

(……ダメダメ! これ以上は考えちゃダメだよ!)
 頭に浮かぶ邪念を振り払う。

 その時、足元をよく見ていなかったせいか、ガクンと、階段を踏み外してしまった。

「――わっ!?」
『スミレ!!』
 ベアちゃんの叫び声が聞こえる。

(――落ちる!?)

 覚悟して目を閉じると、腕を引かれ、爽やかな香りに包まれた。

「はぁ……君は本当に、危なっかしいな……」

 耳元で声が聞こえて目を開けると、呆れた表情のアルフレッド様が至近距離にいた。

 アルフレッド様が助けてくれたお陰で、階段から落ちずには済んだが、私は彼の広い胸に収まっていた。

「あ、わわっ、すすすみません!」
「気を付けろ」
「はい……」

 私が体勢を立て直すと、なぜか手が繋がれたまま、階段の下まで連れていかれる。

「えっと……? あの……?」
 私が手を見つめていると、力が込められた。
 アルフレッド様の熱が伝わってくる。

「……君を一人で歩かせておくと、俺の心臓がいくつあっても足りないからな」

「えっ!? だ、大丈夫ですよ!? ……たぶん……」
 ちょっと最後は弱気になる。たしかに、色々とご迷惑をおかけしているのは、自覚あるが。

「……それに、君に少しでも意識してもらいたいという、俺の下心だ……」
 そう言って、少し乱暴に眼鏡を押し上げる。

(しっ!? 下心!?)
「えっ!? あ……っ」
 全身の血がまるで沸騰するかのように、熱くなる。

「い……行くぞ」
 アルフレッド様はダイニングルームに向かって歩き出すが、手は繋がれたままだ。
「……はい……」
 私は手を引かれるまま、歩き出した。

「……君に好きになってもらえるように、長期戦でいく」
 私にだけに聞こえるように小声で囁く。

 弾かれたように見上げると、アルフレッド様は真っ直ぐ正面を見つめていた。

『あらあらあら、ヘタレのくせにやるじゃないですの。どうしちゃったのかしら〜、うふふっ』
 ベアちゃんの冷やかすような声が聞こえてくる。

(長期戦って、そんなの困るよっ。だって、私、私……っ)
 私は必死に、胸に込み上げる感情を抑え込んだ。



「……あの、な、なんでしょうか?」

 食事をしていると、さっきからなぜかアルフレッド様に観察をされていた。
 前に私が観察をしていたことがあったが、今回は逆になってしまった。

「……君は何でもうまそうに食べるが、好きな食べ物は何だ?」
「え? 好きな食べ物ですか?」
 突然聞かれ、頭を傾げる。

「君のことを色々と知りたいんだ」
「へ!?」

 真っ直ぐに言われ、スプーンを落としそうなった。
 こちらに注がれる真剣な瞳とかち合い、照れ臭くなって目を逸らす。

「……えっと、何でも好きですが、特にフルーツとか、甘い物とか……」
「なるほど。では、好きな色は? 他には好きな花は? 宝石には興味はあるのか? あるとしたら、どんな宝石だ?」

 アルフレッド様は顎に手を当て頷き、立て続けに質問を続ける。
 急に色々と聞かれ、頭が追いつかない。

「あの、そんなにいっぺんに聞かれても困ります!」

 私が少し強い口調で言うと、アルフレッド様は一瞬目を見開く。
「あ、すまない」
 謝ってくれたが、なぜか僅かに笑みを浮かべた。

「……何でしょうか?」
 その表情に納得できず少し睨むと、アルフレッド様は眼鏡を押し上げる。

「いや……、君のそんな怒った態度は新鮮で……かわ……」
「皮……?」

「……可愛いなと……」
「っ!?」

(かっ!? 可愛い!?)

 私はアルフレッド様の顔が見られず俯いて、ぐるぐるとスープをかき混ぜる。
 
『ひぃっ。これ、いつまで続きますの? 全身が痒くて我慢できませんわ! 先に部屋に戻りますわよ!』
 そう言ってベアちゃんはスッと姿を消す。

(え、ベアちゃん! ……幽霊も痒くなるの?)

「それで君は、他には何が好きなんだ?」
「は、はい。えっと……」

 この後も、アルフレッド様からの尋問……いや、質問は続いたのだった。
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