身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜
4 探検の始まりです(1)
「屋敷内を見て回りたいと?」
朝食を済ませた私は、早速お屋敷内を見て回りたい衝動に駆られた。それで今は、アルフレッド様が仰っていた、家令のセドリックさんに許可を取っているところだった。
セドリックさんは、白髪の混ざった茶色の髪をしっかりと整えた、五十代前半くらいの男性で、物腰は柔らかだが探るような瞳でこちらを見つめている。
「屋敷の案内は先日いたしましたよね? まだ何かご不明でもございましたか?」
「あ、そ、そうなのですが、いえ、案内は結構ですので、自由に見て回っても、よ、よろしいかしら? おほほ」
「左様でございましたか。旦那様より、奥様のご意向に沿うよう仰せつかっておりますので、ご自由になされてくださいませ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
私が喜んで笑顔を見せると、セドリックさんは驚いたように僅かに目を見開いた。
(あ、まずい。疑われるわっ)
「おほほ、そ、それでは失礼しますわ」
私は笑いながら、そそくさとその場を後にした。
「……はぁ、緊張したぁ。セドリックさん、目が笑ってないんだもん」
廊下を曲がり、人がいないことを確認して、私は深く息を吐いた。
『ふふっ、お疲れさま。確かにセドリックは食えない男ですわよ、気をつけなさい』
「やっぱり、そうよね。疑ってたようだけど大丈夫かなぁ?」
私が不安に声を上げるが、ベアちゃんは特に気にした様子は見せず腕を組んだ。
『セドリックが疑ったところで、なんて事ありませんわ。堂々としていればいいんですのよ!』
「ベアちゃん……、かっこいい……」
『ふんっ、当たり前ですわ』
私が褒めると、彼女は照れ隠しか、ぷいと横を向いた。
「じゃあ、許可ももらったし、お屋敷の探検にいくぞー!」
私は拳を上に突き上げた。
まず最初に図書室を訪れる。扉を開けると、紙やインクの独特の匂いがした。
「すごいっ。これが個人の所有物なの?」
天井まで積み上がった書架にきっちりと収められている本の数に、思わず声が出てしまった。実家近くの市立図書館並みの蔵書量はありそうだ。
一番手前にあった革装丁の本を一冊抜き取り、ページをめくってみる。
(……見たこともない文字だけど、読めるわ。これは身体がベアちゃんだからかな……? ゼノ……グ……ライド王国……?)
「ゼノグライド王国って、この国のことなの?」
タイトルにある、ゼノグライド王国建立の歴史という文字が目に入った。
『えぇ、そうですわよ。このお屋敷は、王都にあるタウンハウスですわ。公爵領はここより北方にあり、豊かな鉱山資源を抱える一帯を治めていますの』
「そうなんだ。今度、王都内も領地も見学させてもらえるかな?」
『えぇ。でも、まぁ領地にはそのうちに嫌でも行くようになるでしょうね。領地経営は夫人の仕事でもありますから。……本当なら、この結婚式は半年前に行われるはずでしたの。でも、……先代公爵が一年前に、視察先で突然倒れて、そのまま帰らぬ人になりましたわ。それで延期になりましたの』
ベアちゃんは睫毛を伏せた。
「一年前……。じゃあ、アルフレッド様は急に、なんの準備もなしに跡を継いだの?」
『えぇ、そうですわ。先代はとても優秀で、国民にも慕われていた方でしたわね。その後を二十代半ばの若造が跡を継ぐのですもの、周囲の目は相当厳しかったですわ。……あの人はこの一年、葬儀の準備と、引き継ぎと、王国の仕事と、凄まじい勢いで仕事をこなしてきたようですわ』
「へぇ、それはすごい……」
素直に感心してしまう。聞いただけで、こちらが倒れそうだ。
『ですから、この結婚も内心、破談になるかもしれないと踏んでいたのですが、そう上手くはいきませんでしたわね……』
ベアちゃんは悔しそうに唇を噛みしめている。
「え、でも、喪が明けてすぐに、激務の中でも式を挙げたのは、ベアちゃんを離したくなかったからだよね!?」
私が言うと、ベアちゃんは不機嫌そうに顔を歪める。
『それはありませんわ。私たちの間には、政略結婚以上の感情は持ち合わせていません』
「……そっか」
ベアちゃんにきっぱりと否定され、これ以上は何も言えなくなってしまった。
彼女の話や、今朝のアルフレッド様の態度を見た限り、仲の良い間柄には見えないのは確かだ。
だけど、バルコニーから飛び降りたベアちゃんを心配して駆けつけた、昨夜の彼は、ただの冷血な人には見えなかった。
(自由に過ごしていいって言ってくれたり……。それってベアちゃんの言う通り、公爵夫人として期待していないからなのかな……?)
私はまだ、彼のことを全然知らない。
(でも、これから知っていけばいいよね……。彼のことも、ベアちゃんのことも、この世界のことも)
突然降ってきた……押し付けられた? ここでの生活だけど、せっかくなのだから楽しみたい。色々とやってみたい。今まで諦めてきたことを、全部。
……いつかこの身体を彼女に返す、その日まで。
私は胸の前で、ぎゅっと拳を握る。
「ベアちゃん、次はどこに行こうか?」
私は静かに本を棚に戻し、ベアちゃんの方を振り返った。彼女を透けて、窓の外が見えた。そこから庭園の景色が覗く。
昨夜は暗くて何も見えなかったけど、様々な花が咲き乱れていた。
「庭園を散歩したいけど、いいかな?」
『えぇ、かまいませんわよ』
朝食を済ませた私は、早速お屋敷内を見て回りたい衝動に駆られた。それで今は、アルフレッド様が仰っていた、家令のセドリックさんに許可を取っているところだった。
セドリックさんは、白髪の混ざった茶色の髪をしっかりと整えた、五十代前半くらいの男性で、物腰は柔らかだが探るような瞳でこちらを見つめている。
「屋敷の案内は先日いたしましたよね? まだ何かご不明でもございましたか?」
「あ、そ、そうなのですが、いえ、案内は結構ですので、自由に見て回っても、よ、よろしいかしら? おほほ」
「左様でございましたか。旦那様より、奥様のご意向に沿うよう仰せつかっておりますので、ご自由になされてくださいませ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
私が喜んで笑顔を見せると、セドリックさんは驚いたように僅かに目を見開いた。
(あ、まずい。疑われるわっ)
「おほほ、そ、それでは失礼しますわ」
私は笑いながら、そそくさとその場を後にした。
「……はぁ、緊張したぁ。セドリックさん、目が笑ってないんだもん」
廊下を曲がり、人がいないことを確認して、私は深く息を吐いた。
『ふふっ、お疲れさま。確かにセドリックは食えない男ですわよ、気をつけなさい』
「やっぱり、そうよね。疑ってたようだけど大丈夫かなぁ?」
私が不安に声を上げるが、ベアちゃんは特に気にした様子は見せず腕を組んだ。
『セドリックが疑ったところで、なんて事ありませんわ。堂々としていればいいんですのよ!』
「ベアちゃん……、かっこいい……」
『ふんっ、当たり前ですわ』
私が褒めると、彼女は照れ隠しか、ぷいと横を向いた。
「じゃあ、許可ももらったし、お屋敷の探検にいくぞー!」
私は拳を上に突き上げた。
まず最初に図書室を訪れる。扉を開けると、紙やインクの独特の匂いがした。
「すごいっ。これが個人の所有物なの?」
天井まで積み上がった書架にきっちりと収められている本の数に、思わず声が出てしまった。実家近くの市立図書館並みの蔵書量はありそうだ。
一番手前にあった革装丁の本を一冊抜き取り、ページをめくってみる。
(……見たこともない文字だけど、読めるわ。これは身体がベアちゃんだからかな……? ゼノ……グ……ライド王国……?)
「ゼノグライド王国って、この国のことなの?」
タイトルにある、ゼノグライド王国建立の歴史という文字が目に入った。
『えぇ、そうですわよ。このお屋敷は、王都にあるタウンハウスですわ。公爵領はここより北方にあり、豊かな鉱山資源を抱える一帯を治めていますの』
「そうなんだ。今度、王都内も領地も見学させてもらえるかな?」
『えぇ。でも、まぁ領地にはそのうちに嫌でも行くようになるでしょうね。領地経営は夫人の仕事でもありますから。……本当なら、この結婚式は半年前に行われるはずでしたの。でも、……先代公爵が一年前に、視察先で突然倒れて、そのまま帰らぬ人になりましたわ。それで延期になりましたの』
ベアちゃんは睫毛を伏せた。
「一年前……。じゃあ、アルフレッド様は急に、なんの準備もなしに跡を継いだの?」
『えぇ、そうですわ。先代はとても優秀で、国民にも慕われていた方でしたわね。その後を二十代半ばの若造が跡を継ぐのですもの、周囲の目は相当厳しかったですわ。……あの人はこの一年、葬儀の準備と、引き継ぎと、王国の仕事と、凄まじい勢いで仕事をこなしてきたようですわ』
「へぇ、それはすごい……」
素直に感心してしまう。聞いただけで、こちらが倒れそうだ。
『ですから、この結婚も内心、破談になるかもしれないと踏んでいたのですが、そう上手くはいきませんでしたわね……』
ベアちゃんは悔しそうに唇を噛みしめている。
「え、でも、喪が明けてすぐに、激務の中でも式を挙げたのは、ベアちゃんを離したくなかったからだよね!?」
私が言うと、ベアちゃんは不機嫌そうに顔を歪める。
『それはありませんわ。私たちの間には、政略結婚以上の感情は持ち合わせていません』
「……そっか」
ベアちゃんにきっぱりと否定され、これ以上は何も言えなくなってしまった。
彼女の話や、今朝のアルフレッド様の態度を見た限り、仲の良い間柄には見えないのは確かだ。
だけど、バルコニーから飛び降りたベアちゃんを心配して駆けつけた、昨夜の彼は、ただの冷血な人には見えなかった。
(自由に過ごしていいって言ってくれたり……。それってベアちゃんの言う通り、公爵夫人として期待していないからなのかな……?)
私はまだ、彼のことを全然知らない。
(でも、これから知っていけばいいよね……。彼のことも、ベアちゃんのことも、この世界のことも)
突然降ってきた……押し付けられた? ここでの生活だけど、せっかくなのだから楽しみたい。色々とやってみたい。今まで諦めてきたことを、全部。
……いつかこの身体を彼女に返す、その日まで。
私は胸の前で、ぎゅっと拳を握る。
「ベアちゃん、次はどこに行こうか?」
私は静かに本を棚に戻し、ベアちゃんの方を振り返った。彼女を透けて、窓の外が見えた。そこから庭園の景色が覗く。
昨夜は暗くて何も見えなかったけど、様々な花が咲き乱れていた。
「庭園を散歩したいけど、いいかな?」
『えぇ、かまいませんわよ』


