身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

6 別々の夜の意味を知りました

 夜、身支度を済ませ、私は自室から繋がる夫婦の寝室のドアに手を伸ばす。

「あ、奥様っ。あの……今夜からは、自室で休まれますように、とのことです……」

 メイドのエミリーが言いづらそうに私を止める。彼女は朝食もダイニングルームへ連れていってくれたり、身支度も整えてくれた。私の専属のメイドなのだという。

「えっ? そうなんですか……、あ、そうなの? ど、どうしてかしら?」
 メイドに敬語を使うなと、ベアちゃんに怒られたばかりだったので慌てて言い直す。

「いえ……、理由は存じ上げませんが、セドリックさんから言付けられております」
「セドリックさんが? わかったわ」
 私が頷くと、ベアちゃんは複雑そうな顔をしている。

(ベアちゃん……?)
 エミリーが部屋を出ていくと、私はベアちゃんに尋ねた。
 
「ベアちゃんどうしたの? 難しい顔して」
『……えぇ、わ、私の責任ですわ……』

「え? 責任!?」
 私は驚いて、声を上げてしまう。

『……あの冷血眼鏡が命令したのですわ。……私が拒否したのがきっかけですけれど、結婚してすぐに別室に追いやられるなんて、この国では捨てられたも同然ですのよ』
 ベアちゃんは顔を歪ませる。

「え、捨てられたも同然!? ……でも、夕食もおいしかったし、部屋もすごく豪華で、このベッドだってふかふかして、病院のベッドとは全然違うよ! 捨てられたって感じしないけどなー?」
 私が首を傾げると、ベアちゃんは目を丸くした。

『あなた、自分の置かれている状況が分かってますの? 夫に疎まれて別室を与えられるというのは、女としての価値がないと宣告されたようなものですのよ!?』

「女としての価値……!?」

(そうなんだ!? いや、そんなこと恋愛未経験の私に、急に言われましても……。ん? と、いうことは、つまり……)

「……よ、良かった……」
 私は安心して、大きく息を吐いた。

『はっ? 良かった!?』

「だ、だって、そんな、考えてもなかったのにっ。きっ、急に女として? 求められたら、わ、私、また死んじゃうわ……っ」

 私はやっとのことで、自分の置かれている状況が理解できたのだ。

 たしかに身体はベアちゃんだけど、心は私。それで、結婚して、旦那様と一緒の寝室ということは、それは……、その、つまり、そういうことである。

「無理、無理! き、急にそんなこと、無理だもん。よ、良かった! 本当、良かった、ありがとうございます、アルフレッド様っ!」

 私は手のひらを合わせ、拝むように天を仰いだ。

『す、スミレ……あなたって人は。役立たずの夫人だと陰口を叩かれ、社交界でも風当たりが強くなる一方ですのよ? ……私があなたを巻き込んだばかりに、こんなことにっ』

 ベアちゃんは険しい顔をして、唇を噛みしめる。
 貴族の夫人の責務というのは、私には窺い知れない。重圧のようなものがあるのだろう。

「ベアちゃん、私のことを心配してくれてるんだよね? ありがとう」

 私がお礼を言うと、彼女は一瞬目を見開いてから顔を背けた。

『べ、別に、私が巻き込んだのですから、お礼なんで言わなくても結構ですわよっ』
「でも、考えていても仕方ないよ。問題が起きたらその時に考えよ……ふあぁ」
 大きく欠伸をすると、ベアちゃんが呆れたように笑う。

『本当、あなたは……。はしたないですわよ』
「う……ん。色々あって、疲れちゃったなぁ。……ふぁ」

『スミレを見ていると、真面目に考えるのが馬鹿らしくなりましたわ……。こんな能天気、見たことありませんわよ』
「本当? ありがとう!」
『褒めていませんわよっ!』

 私はカーテンをくぐり抜け、セミダブルくらいのサイズのベッドに潜り込む。

 ふかふかのベッドに横になり、天蓋から下りるキラキラと光るレースのカーテンを見つめる。

 いつもの無機質な病院の天井とは違う。細かな装飾が施された天井の中央には、大きなシャンデリアが吊るされている。消毒液の臭いの代わりに、花の甘い香りが漂っていた。

「じゃあ、ベアちゃん、おやすみなさい……」
『えぇ、おやすみなさい』

 私はゆっくりと目を閉じると、今日一日のことが思い出される。
 おいしかった食事、豪華なお屋敷の探検や、広い庭園の風景。廊下に並ぶ歴代の公爵様の写真……。

 ……ただ、一つ、気になることがある。
 今朝、あまり食事をとっていなかったアルフレッド様のことだ。

 昼食は部屋でいただいたので分からないが、夕食は彼は忙しいということで一緒ではなかった。その後に召し上がったのかもしれないので、杞憂かもしれないけど。

 ヴァレンシュタイン公爵家は短命の家系だと、ベアちゃんは言っていた。

(……ちゃんと食べてるのかな? って、私が気にすることないよね……)
 私は首を振ると、布団を顔まで被せた。


 
 翌朝、朝食のためにダイニングルームへ向かうと、アルフレッド様は既に席に座っていた。
(そういえば、顔を合わせるのは昨日の朝以来だわ)

「おはようございます!」

 私が声を掛けると、彼は弾かれたようにこちらを向く。眼鏡越しにアイスブルーの瞳と合った。

「……っ、あぁ、おはよう……」
 小声でぼそりと返し、すぐに目を逸らされた。

 席につくと、テーブルに朝食が運ばれてくる。ワクワクしながら、それを待っていた。

(今日は何かな〜。ふふっ、食べられるって最高!)
 香ばしく焼かれた白身魚に、琥珀色のスープ。トーストに、ベリージャム。フルーツの盛り合わせなど。

(おいしそう! いただきます!)
 ジャムをたっぷりと塗ったトーストを堪能していると、正面に座っているアルフレッド様がこちらを見つめているのに気付く。

(え? どうして……? あっ、ちょっとがっつき過ぎたかも……?)
 私は背筋を伸ばし、ゆっくりと咀嚼する。

 アルフレッド様は、まだチラチラとこちらの様子を窺っているようだ。
 
「あの……、私に何か?」
「あ、いや……。……昨日は……」
 彼は言葉を言いかけて止め、視線を彷徨わせる。

「昨日……?」
 何のことを言おうとしているか分からず、しばらく昨日のことを考え巡らした。そして、一つ思いついた。

「あ、昨日はありがとうございました」
「……は?」

「おかげさまで、ゆっくり眠れました」
「……っ」

 私が笑顔でお礼を言うと、アルフレッド様の顔が硬直する。なぜか、室内にいる使用人たちも皆顔色を変えた。

「……?」
「……そ、そうか、それは何よりだ」

 アルフレッド様は指で眼鏡のブリッジを押し上げると、スッと席から立ち上がる。
 今朝もテーブルの食事は、あまり減っているようには見えない。

「今日は、王宮へ行く。帰りは遅い」
 それだけ言って、足早に部屋を出ていった。

 アルフレッド様が出ていった後も、室内はなぜか重苦しい雰囲気だった。

(私、何か変なこと言ったの……?)

 気になりつつも、私は食事を続けたのだった。 
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