身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜
7 夜の洋館は不気味です
おいしい朝食を終えて部屋に戻ったところで、急にベアちゃんが吹き出した。
『ぶはっ、ふっふふっ、ふふっ』
ベアちゃんは口元を押さえ、肩を震わせている。
「え? 何!? どうしたの、ベアちゃん!?」
私は突然のことに驚き、まばたきを繰り返す。
『だって、あの凍りついた空気! 可笑しくって、ふふっ』
「えっ? 何が?」
私は首を傾げる。
『昨夜言いましたでしょ? 寝室を追い出されることは、捨てられたも同然だと』
「うん」
『その追い出した妻が、朝、満面の笑みで“よく眠れました”なんて、嫌味を言ったのと同然ですわよ』
「え? 嫌味!? 私、本当によく眠れたの! だからお礼をっ」
『えぇ、それは分かってますわよ。すっきりとした顔をしていますもの。だから、あの男も混乱したのでしょうね。見ましたでしょ? あいつのあの動揺した態度! ふふっ』
「動揺? してたっけ?」
さっきのアルフレッド様の表情を思い出すが、特に動揺していたようには見えなかった。
(一瞬、固まってはいたけど……)
『あの冷血眼鏡、自分の感情を落ち着かせたい時、眼鏡を上げる癖があるようですわ』
「そうなの!? 知らなかった」
『えぇ。私もこの姿になって初めて知りましたわ。……ここにいると、色々と見えてきますのよ』
「色々……?」
『こうやって俯瞰して見てみると、私は本当に狭い世界にいたのだと知りましたわ。まるで、鳥籠の中のよう……。だけど、そこが私の全てだった』
彼女は目を細め、どこか遠くを見つめている。
「ベアちゃん……」
私もそうだった。
あの白い部屋に閉じ籠もるだけの、制限された世界。自由なんてなかった。ただ全てを諦め、全てを受け入れて、窓の外の世界を眺めていた。
(それはベアちゃんも同じだったってこと……? たとえ身体は丈夫でも、心は自由にはなれない。生まれた時、いや、生まれる前から決められていた抗えない運命……)
私はきゅっと締め付けられる胸を押さえ、ベアちゃんの横顔を見つめた。
その日も自由にお屋敷探検をし、疲れ果てて眠った、……はずだったのだが、夜中、目が覚めてしまった。
「う、水……」
喉の渇きに耐えられず、ベッド脇のサイドテーブルの上に手を伸ばす。水差しからグラスに水を注ごうと傾けるが、一滴も出なかった。
「うそ、空っぽ……」
仕方なく再びベッドに潜り込む。そして、何度も、寝返りを打った。
(うう、やっぱり喉が乾いて眠れないわ……。調理場からもらって来よう)
ベッドから起き上がると、暗い部屋の空中でふよふよと横になって漂っているベアちゃんが目に入った。……眠っているようだ。
(……幽霊も眠るのね……)
私はベアちゃんより早く寝て、遅く起きていたので、彼女が夜中寝ていることを知らなかった。大人っぽいベアちゃんだけど、眠っている顔は少し幼く見える。
「ねぇ、ベアちゃん、起きてー。ベアちゃん」
私が声を掛けると、ベアちゃんは顔を歪めて瞼を動かした。そっと薄く目を開く。
『う……うるさいですわね。いったい何時だと思ってますのよ……』
彼女は目を細め、こちらを睨みつける。
「ごめん。実は喉乾いちゃって、一緒に調理場に付いてきてくれない?」
『はぁ? 嫌ですわよ。あなた一人で行きなさいっ』
ベアちゃんはくるりと背中を向けてしまう。
「そこをお願い! だって、なんか、夜の洋館って不気味じゃない? なんか出そうで……」
ベアちゃんは顔だけこちらに向ける。
『なんかって何ですの?』
「ゆ、……幽霊とか?」
『……あなた、私を誰だと思ってますのよ?』
私の言葉に、彼女は呆れたような視線をこちらに送った。
「あ、ベアちゃんは幽霊だけど、種類が違うじゃない!」
ベアちゃんは深く溜息を吐いて、身体を起こす。
『……はぁ、仕方ありませんわね。付いていってあげますわよ』
「ベアちゃん、ありがとう!」
そうして私たちは部屋を出て、調理場へと向かった。
ランプの灯りを頼りに、静まり返った廊下をゆっくりと進む。しばらく歩いたところで、ある部屋のドアの隙間から光が漏れているのに気付いた。
(あれ? この部屋ってたしか……、アルフレッド様の執務室?)
ドアの隙間から中を覗くと、アルフレッド様がデスクにいるのが見えた。
(今日は遅いとは聞いたけど、こんな時間までお仕事しているの!? 大丈夫なの!?)
私は心配になって、食い入るように見つめた。アルフレッド様の顔は、暗いランプのせいかもしれないが、薄暗い影が顔色の悪さを際立たせている。
(顔色だって悪そうだし、これじゃ過労死まっしぐらだよ!)
その時、手を触れていたドアが僅かに動き、キィと音を立てた。
音に気付いたアルフレッド様の視線が、こちらに注がれる。
(ま、まずい! バレる!)
反射的にドアから離れると、私はその場から逃げるように立ち去った。
「はぁはぁ……、びっくりしたぁ……」
調理場まで逃げてくると、私は呼吸を整える。
『何をコソコソとしてますのよ。堂々としていればいいじゃないですの』
「そ、そうなんだけど。覗いていたなんてバレたら困るじゃない?」
『なんで困るんですの?』
「……え、い、色々?」
ベアちゃんには、コソコソする私の気持ちが心底分からないらしい。
(プライバシーが……って言っても分からないよね……)
それにしても、アルフレッド様がこんな時間まで仕事をしてることが問題だ。朝食だって少ししか食べず、夕食にも現れない。
(……ちょっと調べてみようかな……)
なぜだか私は、使命感のようなものが芽生え始めていた。
『ぶはっ、ふっふふっ、ふふっ』
ベアちゃんは口元を押さえ、肩を震わせている。
「え? 何!? どうしたの、ベアちゃん!?」
私は突然のことに驚き、まばたきを繰り返す。
『だって、あの凍りついた空気! 可笑しくって、ふふっ』
「えっ? 何が?」
私は首を傾げる。
『昨夜言いましたでしょ? 寝室を追い出されることは、捨てられたも同然だと』
「うん」
『その追い出した妻が、朝、満面の笑みで“よく眠れました”なんて、嫌味を言ったのと同然ですわよ』
「え? 嫌味!? 私、本当によく眠れたの! だからお礼をっ」
『えぇ、それは分かってますわよ。すっきりとした顔をしていますもの。だから、あの男も混乱したのでしょうね。見ましたでしょ? あいつのあの動揺した態度! ふふっ』
「動揺? してたっけ?」
さっきのアルフレッド様の表情を思い出すが、特に動揺していたようには見えなかった。
(一瞬、固まってはいたけど……)
『あの冷血眼鏡、自分の感情を落ち着かせたい時、眼鏡を上げる癖があるようですわ』
「そうなの!? 知らなかった」
『えぇ。私もこの姿になって初めて知りましたわ。……ここにいると、色々と見えてきますのよ』
「色々……?」
『こうやって俯瞰して見てみると、私は本当に狭い世界にいたのだと知りましたわ。まるで、鳥籠の中のよう……。だけど、そこが私の全てだった』
彼女は目を細め、どこか遠くを見つめている。
「ベアちゃん……」
私もそうだった。
あの白い部屋に閉じ籠もるだけの、制限された世界。自由なんてなかった。ただ全てを諦め、全てを受け入れて、窓の外の世界を眺めていた。
(それはベアちゃんも同じだったってこと……? たとえ身体は丈夫でも、心は自由にはなれない。生まれた時、いや、生まれる前から決められていた抗えない運命……)
私はきゅっと締め付けられる胸を押さえ、ベアちゃんの横顔を見つめた。
その日も自由にお屋敷探検をし、疲れ果てて眠った、……はずだったのだが、夜中、目が覚めてしまった。
「う、水……」
喉の渇きに耐えられず、ベッド脇のサイドテーブルの上に手を伸ばす。水差しからグラスに水を注ごうと傾けるが、一滴も出なかった。
「うそ、空っぽ……」
仕方なく再びベッドに潜り込む。そして、何度も、寝返りを打った。
(うう、やっぱり喉が乾いて眠れないわ……。調理場からもらって来よう)
ベッドから起き上がると、暗い部屋の空中でふよふよと横になって漂っているベアちゃんが目に入った。……眠っているようだ。
(……幽霊も眠るのね……)
私はベアちゃんより早く寝て、遅く起きていたので、彼女が夜中寝ていることを知らなかった。大人っぽいベアちゃんだけど、眠っている顔は少し幼く見える。
「ねぇ、ベアちゃん、起きてー。ベアちゃん」
私が声を掛けると、ベアちゃんは顔を歪めて瞼を動かした。そっと薄く目を開く。
『う……うるさいですわね。いったい何時だと思ってますのよ……』
彼女は目を細め、こちらを睨みつける。
「ごめん。実は喉乾いちゃって、一緒に調理場に付いてきてくれない?」
『はぁ? 嫌ですわよ。あなた一人で行きなさいっ』
ベアちゃんはくるりと背中を向けてしまう。
「そこをお願い! だって、なんか、夜の洋館って不気味じゃない? なんか出そうで……」
ベアちゃんは顔だけこちらに向ける。
『なんかって何ですの?』
「ゆ、……幽霊とか?」
『……あなた、私を誰だと思ってますのよ?』
私の言葉に、彼女は呆れたような視線をこちらに送った。
「あ、ベアちゃんは幽霊だけど、種類が違うじゃない!」
ベアちゃんは深く溜息を吐いて、身体を起こす。
『……はぁ、仕方ありませんわね。付いていってあげますわよ』
「ベアちゃん、ありがとう!」
そうして私たちは部屋を出て、調理場へと向かった。
ランプの灯りを頼りに、静まり返った廊下をゆっくりと進む。しばらく歩いたところで、ある部屋のドアの隙間から光が漏れているのに気付いた。
(あれ? この部屋ってたしか……、アルフレッド様の執務室?)
ドアの隙間から中を覗くと、アルフレッド様がデスクにいるのが見えた。
(今日は遅いとは聞いたけど、こんな時間までお仕事しているの!? 大丈夫なの!?)
私は心配になって、食い入るように見つめた。アルフレッド様の顔は、暗いランプのせいかもしれないが、薄暗い影が顔色の悪さを際立たせている。
(顔色だって悪そうだし、これじゃ過労死まっしぐらだよ!)
その時、手を触れていたドアが僅かに動き、キィと音を立てた。
音に気付いたアルフレッド様の視線が、こちらに注がれる。
(ま、まずい! バレる!)
反射的にドアから離れると、私はその場から逃げるように立ち去った。
「はぁはぁ……、びっくりしたぁ……」
調理場まで逃げてくると、私は呼吸を整える。
『何をコソコソとしてますのよ。堂々としていればいいじゃないですの』
「そ、そうなんだけど。覗いていたなんてバレたら困るじゃない?」
『なんで困るんですの?』
「……え、い、色々?」
ベアちゃんには、コソコソする私の気持ちが心底分からないらしい。
(プライバシーが……って言っても分からないよね……)
それにしても、アルフレッド様がこんな時間まで仕事をしてることが問題だ。朝食だって少ししか食べず、夕食にも現れない。
(……ちょっと調べてみようかな……)
なぜだか私は、使命感のようなものが芽生え始めていた。