腹黒策士な弁護士が甘い王子様の仮面を被ってモブの私を誘惑してきます
 なんとかひととおり挨拶回りを終えたのは、それから一時間が経った頃だっただろうか。
  俊さんを見かけてしまってから、どうもソワソワとして落ち着かない。
 「ちょっとお手洗いに行ってきます」
  気持ちを立て直すため、紫苑さんに断りをいれ会場を出た。
  そのまま少し離れた休憩スペースに向かい、ひとつ溜め息を吐く。
  窓ガラスに映る自分は、たいそう浮かない顔をしていた。
  すっかり夜の帳に包まれた街を見下ろしながら、気持ちを必死に立て直そうと必死である。
  大丈夫、あと思う少しの辛抱だ。
  きっと俊さんには気づかれていないはず。
 なにより紫苑さんに恥をかかせるわけにはいかないので、最後まで粗相がないようにしなくては。
 「萌音」
  改めて決意し会場に戻ろうと歩きだした瞬間。
  前方から名前を呼ばれ、意識がそちらに持っていかれた。
 「久しぶり。こんなところで会うなんて奇遇だな」
 不敵な笑みを浮かべるその男は……俊さんだ。
  パンツのポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりとこちらに歩みを進めてくる。
  なんで話しかけてきたの?
  戸惑いからどうしても顔が強張っていく。
 「……お久しぶりです」
 不器用な私は、こんな場面で余裕なフリをするという高等技術を持ち合わせてはいなくて項垂れた。すると、紫苑さんが用意してくれたグレー色のパンプスが目に飛び込んできて、自然と彼の優しい笑顔が頭の中に思い浮かんだ。
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