腹黒策士な弁護士が甘い王子様の仮面を被ってモブの私を誘惑してきます
「それではそろそろ戻るので失礼しま……」
「ずいぶんと生意気になったもんだな」
 すぐにでもその場を去ろうとした途端、急に腕を掴まれた。
 俊さんがさらに鋭い視線を向けてくる。
 どうやら彼の自尊心を傷つけてしまったようだが、そんなことは私には関係ない。
「放してください! あなたと話すことはもうないですから」
「萌音の分際で俺にそんな口を聞くなんてふざけるな」
 腕を掴む力が一段と強くなったのが分かる。
本能的に腕を振り払おうと身構えた次の瞬間。
「その汚い手を今すぐ放せ」
 低く凄みのある声が届いた。
 一瞬、なにが起こっているか理解できず目を瞬かせているうちに、紫苑さんが俊さんの腕を捻り上げたではないか。
「痛っ。おまえ、誰だ? この俺にこんなこと……」
 俊さんがハッとした表情を浮かべ、言葉を呑み込む。
 おそらく相手が紫苑さんだと気づいたのだろう。
「彼女の婚約者ですが」
 抑揚のない声で言い放った紫苑さんは、さらに鋭い眼光を俊さんに向ける。相当怒っているように見えるので、まさに迫真の演技である。
「……こ、婚約者?」
 俊さんの驚きに満ちた声がその場に響いた。
 そのうちに紫苑さんが私の腰を抱き寄せたものだから体がピタッと密着する形になり、爽やかな石鹸の香りが鼻を掠めた。
 ちょっとこの展開は予想外すぎる。
 チラッと俊さんの方を見やれば、視線が紫苑さんと私を行ったり来たりしている。
 まさか婚約までしているとは、予想していなかったという反応である。
 まぁ、婚約の話は嘘ですけどね?
 でもちょっと、待って待って。
 こんなに大々的に交際しているとか、婚約しているとか公言してしまっているけれど、後々解消するとき、いったいどう収拾するつもりなのだろうか。今さらながら心配になってきた。
 いや、でも策士な紫苑さんのことだ。その辺りもきちんと策を練っていて、うまい幕引きを図るに違いない。
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