腹黒策士な弁護士が甘い王子様の仮面を被ってモブの私を誘惑してきます
 その日仕事を終え、頭上を見上げると、グレーがかった空からポツリポツリと雨が降り出した。
 バッグの中の折り畳み傘を広げ、最寄り駅へと歩き出す。
 きっと、今日も父の帰りは遅いだろう。
 あのネット記事が出回ってから十日あまり。
 治験者からの辞退の申し出が続き、父と紫苑さんはその対応に追われている。
 直接、治験者と会うことは禁じられているので、紫苑さんの提案で治験コーディネーターと担当医を介して治験薬の安全性を丁寧に説明し、説得を試みているようだ。
 それに加え、新薬の開発に融資してくれていた会社が追加融資をやめたいと言ってきており、創薬事業は暗礁に乗り上げている状況だ。
 私も力になりたいのに、平社員の私にはできることがほぼないのがもどかしい。
 父がほとんど家にいないので、母のことも心配だ。
 今日はこのまま実家に向かうことにした。
 実家近くにあるパティスリーでケーキを購入し、店を出て歩き出す。
 次第に雨脚が強くなり、自ずと歩く速度が上がっていく。
「きゃっ!」
 傘を前傾にして歩いていたせいで、どうやら人にぶつかってしまったようだ。
「すみません。ケガはないです……」
 電灯に灯される顔を見て、思わず息を呑んだ。
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