トップアイドルは白衣の天使に恋をする-Rebirth-
奏くんを一人で帰すという選択肢はなかった。

39度を超える発熱。

極度の精神的ストレス。

寝不足。

食事もまともに摂れていない。

そんな状態で一人暮らしの家へ帰しても、まともに自分のことなんてできるはずがない。

「今日はここで寝かせよう」

陽貴くんが静かに言った。

誰も反対しなかった。

むしろ全員同じことを考えていたのだと思う。

優朔さんも頷く。

「俺もその方がいいと思う」

「一人にしない方がいい」

その言葉に私も同意した。

今の奏くんは身体だけじゃない。

心も限界だ。

一人にしてしまったら、どんどん悪い方向へ考えてしまう気がした。

私たちは再び奏くんを寝室へ連れていくことになった。

ぐったりしている身体。

普段の奏くんからは想像できないほど力がない。

ベッドへ寝かせると、すぐに瞼が閉じた。

高熱もあって体力を消耗しているのだろう。

私は濡らした温かいタオルを用意する。

「汗すごいな……」

思わず呟く。

額も。首元も。髪の毛まで濡れていた。

そのままでは余計に悪化してしまう。

私はそっと汗を拭いていく。

額。首。腕。

熱を持った肌にタオルを当てるたび胸が痛くなった。

こんなに苦しそうな奏くんを見るのは初めてだった。

「陽貴くん」

「ん?」

「着替え貸してもらってもいい?」

「もちろん」

陽貴くんはすぐに自分のTシャツとスウェットを持ってきてくれた。

男性陣には一旦部屋を出てもらう。

私は看護師として。

できるだけ手早く着替えを済ませる。

汗で湿った服を脱がせる時。

奏くんは一度だけ小さく眉を寄せた。

でも起きない。

相当深く眠っている。

いや。

眠ることでしか身体が限界から逃げられないのかもしれない。

着替えが終わる。

毛布をかける。

冷えピタも貼り直した。

スポーツドリンクも枕元へ置く。

ひと通り終えてから私は小さく息を吐いた。

静かだった。

部屋には奏くんの寝息だけが聞こえる。

私はベッドの横へ腰を下ろした。

そして改めて顔を見る。

苦しそうだった。

眠っているのに。

全然穏やかじゃない。

眉間には皺が寄っていて。

時折何かに怯えるように眉が動く。

唇も小さく震えていた。

きっと。

夢の中でも苦しいのだろう。

記事。

誹謗中傷。

黒騎士。

仲間。

全部。

抱え込んだまま眠っている。

私は胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

こんな奏くん見たくなかった。

いつも笑っている人だから。

誰より空気を読んで。

誰より周りを気遣って。

自分が傷付いていても笑ってしまう人だから。

だから余計に。

今の姿が苦しかった。

「……奏くん」

小さく呼ぶ。

もちろん返事はない。

でも。

どうしても声をかけたくなった。

「ちゃんと休んでね」

「今だけは何も考えなくていいから」

そう呟いても。

奏くんは眠ったままだ。

ただ。

その時。

「……ごめ……」

掠れた声が漏れた。

私は思わず息を呑む。

まただ。

夢の中でも謝っている。

胸が痛い。

本当に。

優しい人ほど自分を責める。

私はそっと奏くんの額へ手を当てた。

まだ熱い。

でも少しだけ汗が引いてきている。

「謝らなくていいのに……」

誰にも聞こえないくらい小さな声。

込み上げてくるものを感じた。

悔しかった。

優しい人が傷付くのが。

誰かを助けようとした結果、こんな思いをしているのが。

どうしようもなく悔しかった。

私は少しだけ目を伏せる。

そして心の中で願った。

どうか。

奏くんがまた笑えますように。

いつものように。

「紗凪さん!」

って。

明るく笑いかけてくれますように。

そんなことを思いながら。

私はしばらくの間、静かにその寝顔を見守り続けていた。
< 76 / 249 >

この作品をシェア

pagetop