True Love─最初の恋、最後の愛─

6.心まで抱いて

「良祐、来る前にビール飲んだでしょ?」
「……そうか、今は俺のほうが酔ってるのか」

 玄関でキスした時は私のほうが酔ってたけれど、念入りに歯磨きをしたおかげで口の中はものすごくクリアになっていた。
 だから、今頃になって良祐のにおいに気付いた。

「でも、一杯だけだぞ」
「うん。ほど良く酔える程度だね、いろんな意味で」
「どういう意味だよ?」

 さあね、と言って笑いながら、私は良祐から離れて衣装ケースを開けた。

「前と同じのしかないけど、良いよね」
「何が? ……ああ、別に無くても良いけどな」
「ダメだよ、風邪ひくよ」
「おまえ知らないのか? 人肌ほど温かいものってねえんだぞ」

 良祐は後ろから私に両腕を回してきた。
 引き出しの中を物色する私の邪魔をしながら、首筋に唇を寄せられる。

「もう、邪魔しないで」
「なんだよ、誘ったのは幹奈だろ?」

 やっとの思いで引っ張り出した衣類からは、柔軟剤の甘い香りが広がった。


 先にお風呂を済ませて、良祐が入ってる間に私は部屋を片付けていた。特に散らかっていたわけではないけれど、これからのことを考えて、使いそうなものは近くに移動させた。
 今夜、そうなってしまったときのために。
 絶対するとは言い切れないけれど。

「幹奈、風呂さんきゅー。さて、寝るか」
「えっ、もう?」
「何だよ、明日も仕事だろ? それに、湯冷めしたら風邪ひくし」

 ベッドを綺麗に整えてから振り向くと、良祐はなぜか上半身裸だった。男の裸を見るのは特に問題ないけれど、湯冷め確定だ。

「良祐、裸はダメだよ! 服着ようよ」
「だって、小せーし。仕方なく履いてるけど、ズボンだって短いし」
「……今度、大きいの買っとくよ」
「良いよ、自分の持って来る」
「……また泊まるつもりなんだ」
「良いだろ別に。何なら、うちに来てくれてもいいけど?」


 返事をせずに膨れていたら、良祐にベッドに誘われた。
 特に何をするでもなく、眠るために、という雰囲気だ。
 良祐が裸なのが気になったけれど、そのまま布団に入ることを許した。電気毛布を入れてるから、寒さは気にならないかもしれない。

「なぁ、幹奈。おまえ誘ってたよな?」
「え?」
「とぼけてもダメだからな。覚えてるだろ、さっきのこと」

 何のこと?
 いつ誘った?
 聞いてみたけれど、良祐の胸にそっと手を当てたのは、ちゃんと覚えてるからだ。
 良祐に残ったビールの味が、私の脳を酔わせていた。


「……タマちゃんがね」

 私は少しだけ顔をあげて、良祐に腕を回した。

「すごい幸せそうなんだよ。付き合ってる期間はそんなに長くないらしいんだけど」
「まぁ、かわいい系だからな、どっちかっつーと。男が離さないんだろ?」

 タマちゃんがかわいい系、という良祐の言葉に少し胸が痛んだ。それを察したのか良祐は、「バカ、俺はおまえだけだ」と頭から抱きしめてくれた。

「それで? 多摩が幸せそうで、どうしたんだ?」
「うん……クリスマスに、エッチしたって聞いて」
「マジで? へえ……意外」
「初めてだったって。でも、嬉しかった、って言ってた」
「……それで、おまえもしたくなったのか?」

 私はしばらく顔を伏せて、そして良祐の腕を強く握った。
 好きすぎて苦しくて、どうしていいのかわからなかった。

「良いのか? おまえ、そんな軽い女じゃないだろ……」

 確かに私はそんなに軽くない。
 彼氏以外と肌を重ねたことはもちろんないし、彼氏とだって、そんなに経験はない。
 けれど良祐とはものすごくしたくて、壊れるほどに抱いて欲しくて。

「私にだけ、優しくしないで……」

 良祐のことを身体中で感じたくて堪らなくなっていた。
 彼に残る過去の関係が全部消えるくらい、私のことも知ってほしかった。
 だから、知らずに涙を流していた──。


 しばらくの沈黙のあと、良祐は口を開いた。

「ただ軽くて誰とでもやる奴と、幹奈が今やりたいってのは、全くの別物なんだな」

 頬を伝う涙を拭いながら私を抱き起こし、そのまま胸に抱かれた。

「ありがとう、幹奈。大切にしたいから抱かない……じゃなくて、愛してるから、ひとつになりたい。これが、答えだ」


 良祐としたキスの中では、いちばん熱い吐息だった。
 唇からやがて首筋に移動して、少しずつ私の脳を痺れさせていく。ゆっくりベッドに倒されて、着ていたものを一枚ずつ脱がされていく。

「本当に、良いんだな……?」

 返事をする代わりに、良祐の肌に触れた。
 私とはまるで違う鍛えられた腹筋が、とても硬かった。

 触れられるたびに、身体の奥が熱を持っていく。

 良祐の呼吸が近い。
 腕の強さに包まれるたび、頭の奥まで甘く痺れていく。

「幹奈……」

 名前を呼ばれるたびに胸が苦しくなる。
 好きな人に抱きしめられるだけで、こんなに幸せなのかと思った。

 肌が重なるたび、熱が移っていく。
 包み込まれるたび、自分の輪郭まで曖昧になっていく。

「良祐……」

 抱きしめ返した背中は熱くて、逃がしたくなかった。
 このまま朝まで、ずっと触れていてほしかった。

 何度も唇を重ねながら、私は良祐の名前を呼んだ。
 唇を離すたびに、良祐も私の名前を呼ぶ。

「幹奈……好きだ」

 低く掠れた声が耳に落ちるたび、胸の奥が熱くなる。
 良祐の指が触れるたび、息がうまくできなくなる。

 身体が震えて、自分がどんどん素直になっていく。
 こんなふうに誰かを欲しいと思ったことなんて、今までなかった。

 良祐の指が髪を梳いて、額にキスが落ちる。

「無理してないか?」
「……してない」

 むしろ、もっと欲しかった。
 優しくされるたびに、好きが溢れて止まらなくなる。

 混ざる呼吸も、絡めた指先も、
 全部が心を温かく満たしていく。

 私は良祐の胸に顔を埋めた。

「幹奈?」
「……幸せすぎて、苦しい」

 そう呟くと、良祐は少しだけ笑った。

「俺も」

 そしてもう一度、キスが落ちてきた。

 良祐の腕の中は、苦しいほど温かかった。
 熱が離れていかなくて、胸の奥まで満たされていく。

 もう、何も考えられなかった。

 良祐が、欲しくてたまらない。
 このままいっそ、溶けてしまいたい。
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