True Love─最初の恋、最後の愛─

7.白馬の王子様

 お互いの息が乱れているのは、目を瞑っていてもわかる。
 抱きしめられる腕の中で、早い鼓動が伝わってくる。


「しばらく見ない間に大人になったな」
「……何を見ないの? 学生時代以外は、ずっと近くにいたんじゃないの?」

 良祐に聞くと、彼は少しだけ口角を上げた。

「幹奈の身体だよ。昔、ガキんときに見たことがある。もちろん、あのときはやらしい感情なんかなかったけどな」
「あ、当たり前だよ……もう……中学の頃かと思ってビックリした」
「安心しろ。幹奈が好きすぎて、今は欲情しまくってる」
「ちょっ、なにそれ? 変態!」
「良いだろ別に、お互い好きなんだから。あんな小さかった幹奈が大人になって、マジで嬉しい」

「……親みたいなこと言わないでよ、()()()
「こら、俺はずっとおまえの親代わりだったんだぞ」
「なに親代わりって? また私を子供扱いしてるでしょ?」
「実際、ガキんときは、幼稚園入る前は俺としか遊ばなかっただろ」
「そりゃ、他に友達いなかったんだもん。……いいよ、良祐はパパだもんね」

 そうやって笑いながら、良祐を見つめた。

「パパってなんだよ?」

 良祐は言いながら顔を歪めた。
 答えずにいると、彼は溜め息をついた。

「おまえなぁ……俺がどれだけおまえのこと好きか、パパとか助平とか言うな、おまえは俺の女だから欲情するのは当たり前だ」
「そうだね。はは、開き直ってる!」
「……なにさっきから見つめてるんだよ? またやりたいのか?」
「もう今日はやだ」
「……既に昨日になってるけどな」

 壁に掛けた時計を見ると、既に時刻は午前二時。
 良祐はリモコンで部屋の電気を消した。

「シャワーは朝だ。とりあえず寝るぞ」

 電気毛布の暖かさとは別に、良祐の体温が肌に残っている。
 静かな部屋には二人の呼吸と、時計の針の音しか聞こえない。

 明日の朝、家を出るのは八時頃。
 いつも朝ごはんは適当にしか食べないけれど、良祐がいるから栄養満点のものを作ってあげようか、と冷蔵庫の中身を思い出してみる。

「ねぇ、良祐。ご飯とパン、どっちがいい?」
「え? ……米が良い。あと海苔と卵焼きと美味い味噌汁があったら最高だな。魚は鮭が良いな」
「残念ながら、鮭はないよ。ベーコンならあるけど」
「幹奈が作ってくれるなら何でも良い」

 それなら、ご飯を炊いて味噌汁を作って、ベーコンにレタスをつけようか。
 和食と洋食がミックスしてるけれど、栄養バランスは──たぶん良いはずだ。


「実はね。さっき、昔のこと思い出したの」
「昔のこと? ガキんときのことか?」
「そう。前に良祐が言ってた、お嫁さんがどうのってやつ」
「……それは良かった」
「あのとき、良祐、自分でパパになろうとしたよね」

 良祐は小さく笑って、懐かしそうに目を細めた。


 幹奈が幼稚園に入ってすぐの頃だった。
 こいつは幼稚園でままごとを覚えて、ものすごく気に入ったらしく俺ともやろうとした。
 でも俺は、それは女の子の遊びだと信じていて、なかなかする気にはなれなかった。

「良兄ちゃんと遊びたかったのに……」

 幹奈の泣き顔を見るのは初めてだったかもしれない。
 いつもは俺が幹奈の家に行ってたけれど、そのときは珍しく幹奈が来ていた。
 ままごとに使うオモチャを抱えて、笑顔でうちにやってきた。
 なのに、幹奈を泣かせてしまった。

「……幼稚園ごっこは?」
「え? っていうか、おまえ、ごっこじゃなくても幼稚園だろ」
「……お医者さんごっこは?」
「お医者さんってどんなことするか知ってるのか?」
「……知らない」
「俺も知らない。だからできねー」

 冷たかったかもしれない。
 でも、本当に、幼稚園児の俺が知ってるはずがない。

「……わかったよ、ままごとやってやる。一回だけだからな」
「うん!」

 飛び上がって喜んでから、幹奈は持ってきたオモチャを床に広げた。
 それから一応、何の役をしたいのか聞いてやったんだ──。

「幹奈はママで、俺はパパだな?」
「私……お嫁さんがいい」
「お嫁さん?」
「王子様がお馬さんに乗って迎えに来てくれるんだよ」
「……俺は王子様? 馬は……」

 馬になりそうなものを探していたら、幹奈がぽつりと言った。

「私、大きくなったら、お嫁さんになりたい。なれるかなぁ? どうやったらなれるのかな? 良兄ちゃん、知ってる?」

 幹奈とは毎日のように一緒に遊んでいた。
 近所の人からは兄妹だと勘違いもされた。
 いつの間にか、幹奈は俺の特別になっていた。

 はっきり言うことはなかったけれど、好きだという感情はそのとき確かにあった。

「……俺がおまえをお嫁さんにしてやる」
「うん! やったー! お嫁さんだ!」

 俺が嫌味ったらしくなったのは、思春期を迎えた後の話だ。


「良祐──さっきの返事だけど……良いよ。一緒に、暮らしたい」
「……本当か? 一緒に住んでくれるのか?」

 布団の中で、良祐にぎゅっと抱きしめられる。
 彼の肌はまだ、ほんのり温かい。

「マジ嬉しい……俺もついにひとり暮らし卒業か。そうだおまえ、正月に実家帰るんだろ? 俺のことは言うなよ」
「え? なんで?」
「俺からちゃんと話すから。それまで黙ってろ。会社の奴らにも」


 妙な引っかかりを覚えたけれど、それほど長くは気にならなかった。

 おやすみ、と言ってから、私は瞼を閉じた。
 その晩、夢に出てきたのは、教会の祭壇前で私を待っている素敵な王子様──。
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