敵はママ!? 十歳ミミのサバイバル日記

第2話 じごうじとくってなに?


その日。

学校から帰ると、パパがいた。

平日の昼間。

仕事のはずなのに。

リビングに座っている。

顔色が悪かった。

「……ミミ」

声が変だった。

低くて。

苦しそうで。

嫌な予感がした。

「どうしたの?」

パパが、しばらく黙る。

何度も口を開きかけて。

閉じる。

そして。

ゆっくり言った。

「……ママが、事故にあった」

頭が真っ白になった。

事故?

「病院に運ばれたんだけど」

沈黙。

パパの目が赤かった。

「……亡くなった」

え。

世界が止まった。

死んだ?

ママが?

あのママが?

怒って。

命令して。

絶対に負けないママが?

「うそ……」

声が出ない。

泣きたいのか。

安心してるのか。

自分でも分からなかった。

ただ。

胸の奥が、ぐちゃぐちゃだった。

***

葬儀の日。

黒い服。

知らない大人たち。

線香の匂い。

白い花。

棺の中のママは、静かだった。

あんなに怒鳴っていた人なのに。

目を閉じて。

何も言わない。

もう。

怒られない。

そう思った瞬間。

涙が出そうになった。

……なんでだろう。

***

運転手の人が来た。

帽子を取る。

汗で前髪が額に張りついている。

顔は真っ青だった。

震えていた。

「申し訳ありません……」

何度も頭を下げる。

「わしの不注意です」

声がかすれている。

「……でも、聞いてください」

目が赤い。

「飛び出してきたんです」

しわがれた声。

「誰が運転しても……避けられませんでした」

長い沈黙。

「……死にたかったんやと思います」

ミミは、固まった。

死にたかった?

ママが?

そんなふうに見えなかった。

でも。

最後のあの日。

『ごめんなさい』

って言ってた。

あの顔を思い出す。

パパの手が。

ぎゅっと。

ミミの手を握った。

強く。

痛いくらいに。

「……妻を返してくれ」

低い声だった。

運転手は、何度も頭を下げた。

「すんまへん」

「ほんま、すんまへん」

***

その時。

見慣れない老夫婦が来た。

喪服にしわがついている。

靴も少し汚れていた。

急いで来たのが分かった。

「ミミちゃん……!」

おばあちゃんだ。

泣きそうな顔をしている。

パパのお母さんだった。

「慌てて来たもんだから……」

おじいちゃんが息を切らす。

「もう、びっくりして」

少し古びたネクタイ。

慌てて結んだ感じ。

なんだか。

あったかかった。

「ああ、ありがとう」

パパが小さく頭を下げる。

「俺たちは大丈夫だから」

少し無理して笑う。

「向こうのお母様たちも今着いたところ。あいさつ、お願いできる?」

パパのおばあちゃんは気をつかっている。

パパはごくりと唾をのみ込んだ。

「分かったよ」

***

その少し後。

ママのお母さん。

つまり、おばあちゃまが。

ぽつりと言った。

棺を見ながら。

「こんな死に方をして」

冷たい声だった。

「子どももちゃんと育てられなくて、別居までされて」

鼻で笑う。

「自業自得ね」

え。

わたしは、固まった。

「じごうじとくって何ですか?」

おばあちゃまは続ける。

「自分が悪いってことよ。

だいたい、親より先に死ぬなんて」

ため息。

「ほんと、親不孝。

 わたしたちの介護は誰がしてくれるのよ。

 娘を産んで安泰だとおもっていたけど、

 とんだ番狂わせだわ」

おじいちゃまは、眼鏡を外して葬儀場のパンフレットをみていた。

そして、ふん。

と顔をそむけた。

胸が、ぎゅっとなった。

ママ。

怒る人だった。

怖かった。

でも。

……死んだのに。

そんな言い方されるの?

その時。

パパの手が。

また、ぎゅっと強くなる。

守るみたいに。

***

パパが、静かに頭を下げた。

「申し訳なかったです」

低い声。

「こんなことになってしまって」

すると。

おばあちゃまは、ため息をついた。

「いえいえ」

少し笑う。

でも。

目が冷たい。

「あの子がわがままで」

ぞくっとした。

「あなたも、さぞ苦労なさったでしょう?」

パパは何も言わない。

「ミミの嘘で、大恥かいたって言ってたわ」

え。

胸が痛くなる。

「何もかも」

おばあちゃまが言った。

「躾ができてなかったせいよ」

どこかで鐘の鳴る音がする。

「ほんと……自業自得だから」

わたしは

棺の中のママを見た。

静かな顔。

初めて思った。

──ママも。

ママに、こんなふうに言われながら育ったのかな。
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