敵はママ!? 十歳ミミのサバイバル日記

第9話 ミミの告白



7月。

夏休み前から

わたし・ミミは、学校に行かなくなった。

朝になると、お腹が痛い。

胸が苦しい。

教室を思い出すだけで、涙が出そうになる。

リコちゃんは、もう友だちじゃない。

先生たちは困った顔を向ける。

クラスのみんなも、なんだか怖い。

──全部、ぐちゃぐちゃになった。



そして、夏休み。

だけど、

わたしに休みなんてなかった。

「ホームスクールで難関中学を目指しましょう」

ママは、以前より元気だった。

いや。

張り切りすぎていた。

朝から晩までのスケジュール表。

勉強。

英語。

読書感想文。

計算。

漢字。

コンクール前のピアノの練習。

「5分休んでいい?」

そう聞いても、

「努力できる子になる練習よ」

と言われるだけ。

気づけば4時間ぶっ続けで弾いていた。

深呼吸する時間すらなくなっていた。





──苦しい。

息が詰まる。

もう。

消えたい。



◇◆◇

8月。

久しぶりに、パパが帰ってきた。

単身赴任先から

玄関を開けた瞬間、

パパの顔を見て、

わたしは、少し泣きそうになった。

パパの匂い。

安心する。

世界でひとりだけ。

ミミの味方。




だけど。

その夜。

リビングで。

ママの怒鳴り声が響いた。

「ミミが学校に行かなくなったのは、全部パパのせいよ!!」

バシッ。

バシバシッ。

そっとのぞいてみると、

ママが、パパの背中を叩いていた。

パパは顔をしかめていた。

でも。

言い返さない。

静かに耐えている。

ママの性格を知っているから。



──ひどい。

胸がぎゅっと痛くなる。

パパは悪くない。

悪くないのに。




リコちゃんはもういない。

先生もいない。

学校のみんなも敵。

味方なんて、もういない。

……パパしかいない。




その夜、

布団の中で、考えた。

考えて。

考えて。

泣いて。

決めた。




──もう、終わらせよう。

こんな家。

どこにもない。

毎日怖い。

毎日苦しい。

だから。

……ママに、本当のことをわからせる。




◇◆◇

次の日。

「ジョギングの時間だよ」

わたしは言った。

ママは満足そうにうなずく。

「やっとやる気になったのね」

パパはリビングのテーブルにノートパソコンを広げて仕事をしている。

「パパ、行ってきます」



わたしとママとでジョギングをした。

GPS付きのスマホを持った。

「ミミの安全のためのスマホ。

おもちゃじゃないのよ。

できるのは電話と親とのメッセージだけよ」

そう言われて買ってもらったスマホ。

でも、本当はいろいろやっている。




いつもの調整池。

あの場所。

半年前。

女の子が落ちて死んだ場所。

わたしが、一番嫌いな場所。

「ママ」

石段の近くで立ち止まる。

「ちょっと座って」

「疲れたの?」

ママが笑う。

「弱虫ね。9月から学校に行きなさい」




胸の中で、何かが切れた。

──誰のせいで。

誰のせいで、行けなくなったと思ってるの?

でも。

言えない。

だから。

わたしは、震える声で言った。




「ママ、いいことしてあげる。目、つぶって」

「え?」

「手品、見せてあげる」

ママは笑った。

「へえ? 新しい世界を見つけたのね」

そして、水筒の入ったリュックから、

ロープを出した。

ぎゅっと

ママの手を結ぶ。

「ちょ、ちょっと!」

足も結ぶ。

怖かった。

でも

止まれなかった。




「どんな手品?」

ママが笑う。

「ほどけるやつ?」

ミミは首を振った。

涙が出そうだった。

「違う」

声が震える。

「……ママに、話を聞いてもらう手品」

ポケットのスマホ。

震える指で、送信。

『助けてください。調整池にいます。ミミ』

校長先生。

葉月先生。

KONTOさん。

そして──パパ。

全員に送った。




本当は

ずっと

誰かに助けてほしかったんだ。

ママはロープで結ばれた手を見ている。

「どんな手品なのかな? ミミ、やってみて」

「ママが嫌い」

初めて言った。

涙がこぼれた。

「え?」

「ゲームも、漫画も、ライトノベルも、みんなと同じもの欲しかった!」

涙が止まらない。

「回るお寿司だって行きたかった!」

「そんなのくだらないでしょ」

即答。

「ミミ、商業主義に踊らされたいの?」



その瞬間。

何かが、ぷつんと切れた。

「そういうところ!!」

声が震える。

「ママ、何にもわかってない!!」

泣きながら叫んだ。

「怖かったんだよぉ!!」

「勉強できないと怒るし!」

「罰も増えるし!」

「もう無理なんだよぉ!!」

「家にいるの、地獄なんだよぉ!!」




ママが、固まる。

初めて見る顔。

何も言えない顔。

「だから……私……」

息が苦しい。

「先生を悪者にした」

涙がぽたぽた落ちる。

「その時だけ、ママが優しくなるから……」



「嘘だって言うの? まあ、なんてこと。

ミミが嘘をつくなんて思ったこともなかったわ。

あああ、なんて恥ずかしいことしてくれたのよ」

ママはロープを外そうと腕をよじっている。

「まだ、そんなこと言っているの? ママ。もう終わりにしたい」




その時。

背後から声がした。

「……これは、いったい」

校長先生。

葉月先生。

KONTOさん。

そして、

「ミミ!!」

パパだ。

みんな、来てくれた。



校長先生が低く言う。

「つまり……嘘だったんだね」

ミミはうなずいた。

「……ごめんなさい」

KONTOさんが、静かにカメラを下ろした。

誰も、責めなかった。

葉月先生が泣いていた。

みんなを見て、ママは青ざめている。

「ミミが先生に疑われたって言うから、

だからわたしはそれを信じて……母親として子供をまもろうと……」

震える声。

「わたしは、ミミのためにと、ただそれだけを考えて……」




わたしはポケットから、小さなナイフを出した。

工作用。

自分を傷つけるために持ってきた。

「もう終わりにしたい」

首に当てる。

死ぬのは怖い。痛いのかな

でも。

生きるのも怖い。

こんなになってしまって、もう救いようがない。



その時。

後ろから、強く抱きしめられた。

パパの匂い。

あったかい。

「パパ……?」

「もういい」

震える声。

「ミミ、もう頑張らなくていい」

抱きしめる力が強くなる。

「パパと暮らそう」

涙声だった。

「ママとは別れる」

「二度と、ひとりにしない」

「パパがミミをが守るから、もうやめよう」

手から、ナイフが落ちた。

カラン。

音を立てる。

その瞬間。

わたしは、声を上げて泣いた。

子どもみたいに。

いや。

本当は、ずっと子どもだった。

◇◆◇

【日記】8月12日 晴れ

ママを、本当に嫌いだと思った。

消えてほしいと思った。

でも。

ほんとは。

誰かに、助けてほしかっただけなのかもしれない。
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