ほたる先生は振り向かない
「いつ来てもこの校舎ってきれいだよねぇ」

足元のスリッパをパタパタいわせながら、私の隣をお母さんが歩く。

廊下はやっぱり静かで。

それでも、どこかで笑い声や吹奏楽の音がしている。
遠くから運動部の掛け声も聞こえてきた。


手元の日傘をようやく畳み終えたお母さんは、ハンカチで額の汗を押さえて「中は天国だわー」と呑気に笑っている。


「ねぇ、ちゃんと調査票は書いてきたの?」

「うん」

「お母さんなーんにも聞いてないんだけど」

「だって言ってないもん」

「サプライズとかいらないのよ」

ごちゃごちゃと家を出てから続いている親子の会話を廊下でしながら、私のクラスを目指す。


面談を終えたどこかのクラスの男子が、母親らしき女性と階段を降りてくる。
すれ違うその二人も、なにやら言い合っていた。

……どこの家も、今日くらいはちょっと気まずいのかもしれない。

そんなことを思いながら、隣のお母さんを見やる。


「最近めっきり部屋にこもって勉強してるから、お父さんも“まつりはホントに勉強してんのか?”なーんて疑ってたよ?」

「心配なら見に来ればいーじゃん!」

「うちのお父さん、そういうとこは意外と娘にはグイグイいけないの知ってるでしょ?」

日傘は大きめのトートバッグにしまわれて、お母さんは今度は扇子を取り出した。

「ねぇ、面談の時にそういうの出さないでよ」

「今だけ今だけ」


そうこうしている間に、教室の前についてしまった。

私たちの前に面談をしていたクラスメイトがちょうど出てくる。
その子はちょっと暗い顔をしていて、隣にいる母親がなんとなく背中をさすってあげている。

────志望校と実力が伴っているかなんて、本人にだって分からない。

でも。
私は、なんて言われるんだろう。


< 45 / 71 >

この作品をシェア

pagetop