ほたる先生は振り向かない
華やかな顔立ちの“イケメン”先生たちに紛れて、生徒たちの話題にものぼらない霞の中にいるみたいな、ほたる先生。


同世代の男子には絶対にない、落ち着き。
無駄な肉のない、きちんとした体型。
大きいけどゴツゴツしてない手。
授業中だけ捲る袖。


細くて切長の目は、私にとっては最高の槍みたいな。胸を一突きしてくる強烈な武器。

横顔でいいから、写真撮らせてくんないかなあ。


「昔は、今みたいに簡単に連絡が取れませんから」

頬杖をついて先生の顔をうっとり眺めていたら、不意に落ちる静かな声。

職員室のざわざわの中なのに、不思議とその声だけはちゃんと聞こえた。

「だから、自分の気持ちを言葉にして残したんでしょうね」

「ふーん…」


私はそのまま先生の顔をじっと見る。

「じゃあ先生も、学生時代は好きな人に和歌とか送ってたんですか?」

一瞬。
本当に一瞬だけ、先生が黙る。そして横目で私を見た。

でも次の瞬間には、なにもなかったみたいな顔でプリントへ視線を戻す。


「岸さん」

「はい」

「そういう話しかしないなら、帰ってください」

「えーっ!カッチカチの古文の話の中に、先生の柔らかい青春の話差し込むくらいよくない?」

「古文に僕の青春は必要ありません」

「なんでー!聞かせてよ!てか、古文って恋愛の歌ばっかじゃん!よく飽きないよね」

「素晴らしいです。そこに気づけただけでも及第点です」

「先生、話逸らしたでしょ!?」


先生は呆れたみたいにまた小さくため息をつく。

「もう終わりでいいですか?」

「……まだ聞きたいことあるから、もうちょっと」

「はぁ。次はどこですか」


ものすごく迷惑そうな顔をしている。
ほたる先生は一見表情がないように見えて、ちゃんと顔に出る。

私の相手、めんどくさいんだろうな。
でも、やめないんだから。卒業までやめてあげない。


“本当に嫌なら追い返すくせに”ってことを、私はもう知ってるから。


「ねぇ、ほたる先生」

私はちっとも振り向かない横顔に話しかける。

「私って、“色に出づ”?」


────好きバレしてる?
って思いっきり聞いてるのに。

先生は一ミリも動揺しなかった。


「はい。岸さんは“色に出づ”です」

「…なーんだ。じゃ、それでいいや」


持てる限りのアピールも、ほたる先生には通用しない。
完全に無視された。


こちらを向くことがない横顔を焼きつけるみたいに、冷房の効いた職員室のざわめきの中、私は先生だけを見つめ続けた。


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