ほたる先生は振り向かない
残ったのは、私ひとり。

最後に並んでいた私を見るなり、ほたる先生が分かりやすくため息をつく。

……いや、まだ何も言ってないんだけど。


その反応につい口を尖らせる。

「ほたる先生?ため息はひどくない?」

「古典の質問なら受け付けます」

「私には進路のことは聞いてくれないの?」

「古典の質問なら受け付けます」

……わざと二回言ったな。
絶対、面倒くさいと思われてる。


「じゃあちゃんと質問するから」

私はプリントを先生へ差し出した。

「和歌ってさ、結局どこ見ればいいの?」

「どこ、とは?」

「誰が誰を好きとか、会いたいとか、寂しいとか。みんなどうやって見つけるの?」


ほたる先生はメガネを指で押し上げたあと、プリントへ視線を落とす。

「見つけるコツは、主語です」

「えっ?主語?」

「誰が詠んだか。誰へ向けたか。状況。そこです」

「感覚じゃないの?」

「感覚で解くと事故です」

“事故”という、先生らしい表現にふっと笑いが込み上げてしまった。


主語、状況、誰から誰へ。
そんなの、人の気持ちだって同じなのかもしれない。


「……ほたる先生、」

私は先生の目を見ているのに、先生はプリントに向いたまま。
一向に交わらない、私の矢印の先。


「私ね、進路決めたよ」

「……そうですか」

「聞いてくれないから、自分で言っちゃったよ」

「決めたならよかったじゃないですか」

「んー、向いてるかはまだ分かんない。前途多難かも」

半分冗談で、半分本音が漏れる。


でも、たとえ前途多難だとしても。
それが諦める理由にはならないし、したくなかった。


「受かったら教えるね」

「はい。受かるといいですね」

「応援してくれる?」

「しますよ。生徒ですから」


私とほたる先生は、いつものようなやり取りをして。

気づけば、長かった夏休みも終わろうとしていた。


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