βの私に執着した元カレαの執着愛が止まりません
「まだ、沙梨から俺のこと嫌いになったって言われた方が、マシだった」
確かに、別れを告げた時、私は耀のこと好きなままだった。
心が大人になりきれなかったせいで、『耀が嫌い』と嘘がつけたなら、こんなことにはならなかったというの?
「第二の性が合わないからって理由だけで、好きな人と別れるなんて納得できないに決まってるだろ」
淡々と、あの別れの時のことを振り返る耀を前に、私は唇を噛み締める。
私が別れを告げた時、耀は私の言葉に抗うこともなく、「そっか」の一言で片付けたのに、なぜ私だけが責められるのだろうか。
「納得できなかったなら、なんであの時そう言わないの?」
『別れたくない』と一言でも言ってくれていたら、あの時の私は喜びを全身で表現し、耀に抱きついたはずだ。
私だって、別れを切り出した時、怖かった。βだと打ち明けて、耀に簡単に捨てられるんじゃないかとそんな未来を想像して絶望した。
「言おうとした次の瞬間、走って逃げたのは沙梨だろ?忘れちゃった?」
「っ…」
子供を諭すような優しいトーンで耀に核心をつかれて、息が止まった。
ああ、思い出した。
『そっか』そう言った耀が次の言葉を口にする息遣いを感じ取った私は、それ以上の言葉を聞くことが恐ろしくなって、耀のそばから走って逃げたのだ。
「あれから、何度も沙梨の教室に行った。沙梨の部活にも顔を出した。でも、全部シャットダウンしたのは沙梨だ。それがどれだけ俺の心を潰して、傷つけたのか、ちゃんと分かってる?」
自分に都合のいいところだけを鮮明に覚えていた浅ましい自分が浮き彫りになり、完全に反撃できなくなった私は、耀に視線を向けられず、半分以上残ったオムライスの皿を見つめて俯くことしかできない。
「あぁ、沙梨を責めるつもりじゃなかったのに…。俺も、まだまだだな」
小さく、独り言のように呟いた耀は椅子から立ち上がり、質の良い革靴をコツコツと鳴らして、私の席までやってきたと思えば、俯く私の視界に入るようにしゃがみ込んで、私の顔を覗き込んだ。
「ごめん、さっきは言いすぎた。泣かないで」
「っ…私、耀にひどいこと、」
「そのことはもういい。これ以上怒ったりしないよ」
アラサーと呼ばれる大の大人が怒られて泣きそうになってるなんて、周囲に知られたくなくて俯いたけれど、耀にはお見通しだったらしい。
瞳から今にもこぼれ落ちそうな私の涙を大きな親指で拭うと、「甘い」と私の涙を舐めたのだ。
その艶やかな仕草に、私は目を離せない。
「代わりに、今みたいに俺が沙梨のそばにいること、許可してくれる?」
「許可…?」
「うん。昔みたいに戻れなくても、また沙梨と一緒にいたい。沙梨と一緒に行きたいところも、食べたいものも、まだまだいっぱいあるんだ」
”昔みたいに戻れなくても”
その言葉が、耀がαで、私がβであることを耀が受け入れてくれたんだと私は思った。
だから、
「はい」
運命の番になれないけど、友人関係ならと思った私が出した答え。
「ありがと。これでようやく、次に進める」
「ん…っ!?」
私の顔を覗き込んでいた耀の顔が近づいてきて逃げようとする前に、耀の唇と私の唇が重なった。
ああ、神様。
また私は間違ってしまったのでしょうか。
「ご馳走さま」
唇が離れて、衝撃で固まる私をよそに、その日1番のにこやかな笑みを浮かべた耀。
約10年ぶりに交わしたキスはケチャップで酸味が効いているはずなのに、なぜかほんのり甘さが残っていた。