夜の風景

約束の夏、そして…

第3話 – 14ページ目:イロとサクラ


夜 – カフェ、閉店間際


灯りは、いつもよりずっと落ちていた。

ジャズの音が遠くから聞こえ、静けさに溶け込んでいる。


イロはカウンターの中に立っていた。カップをひとつ、またひとつと並べている。その秩序の中に、何かを探しているかのように。


ドアが開いた。


サクラが入ってきた。


挨拶もなく、ためらいもなく。窓辺の席へと向かい、座る。


あの席。


イロは一瞬だけ視線を送った。


「…コーヒー?」


サクラは顔も向けずに言った。


「紅茶。」




数分後、カップが彼女の前に置かれる。


湯気が、静かに立ち上る。


サクラはそれを見つめていた。


「あの子、知ってる。」


イロの手が、カウンターの上で止まる。


「ミヤのこと?」


「うん。」


短い沈黙。


サクラは顔も上げずに言った。


「変わったね。」


イロは、静かに答えた。


「…そうかな?」


サクラは、ごくわずかに微笑んだ。


「前より、ちゃんと“生きてる”感じ。」


カップを手に取り、一口飲む。


それから、ごく自然に。


「あんたのせい?」


イロの視線が、窓の外へと向かう。


数秒の間。


「…わかんない。」


間。


「でも、変わろうとしてるのは本当。」




サクラはカップをそっと机の上に置いた。


その音が、静けさの中に広がる。


「あんたも。」


イロが、彼女を見る。


「何が?」


サクラは外を見ていた。街灯の光が、闇の中で黄色く揺れている。


「止まってたのは、あんただった。」


沈黙。


イロは、何も言わなかった。



サクラが立ち上がる。


ドアへと向かう前に、彼女は言った。


「あの子、簡単に壊れるよ。」


イロは、とても静かな声で言った。


「…わかってる。」




サクラは去った。


ドアが閉まる。


カフェに、再び静けさが戻った。


イロは、飲みかけのカップを見つめた。

紅茶は、まだ温かかった。


そして、そっと呟く。


「ミヤ…」


彼の手は、カウンターの縁に置かれたまま。


「守りたいだけじゃ、足りないのかもしれないな。」
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