夜の風景

私の春が始まる

第五章・第一ページ:大学生活の始まり


四月初め――横浜


朝早く。


横浜の空気はまだ少し冷たく、春の風が大学周辺の通りを静かに吹き抜けていた。


通り沿いの木々は、ようやく花を咲かせ始めたばかりだった。


歩道には、いくつかの淡いピンク色の花びらが舞い落ちている。


ミアは大学の正門の前に立っていた。


しばらくの間、ただ目の前にそびえる大きな校舎を見つめていた。


肩にかけたバッグの位置を直し、深く息を吸う。


今日から、もう高校生ではない。


休み時間も、決まった教室も、見慣れた学校の廊下も、もうここにはない。


ここは――


新しい始まりだった。


ミアは静かに自分へ言い聞かせる。


ミア:

「今日から、大学生だ。」


小さな笑みが唇に浮かんだ。


けれど、心の奥には少しだけ不安があった。


ミアは、さまざまな建物へ急ぎ足で向かっていく学生たちを見つめた。


友達と笑いながら歩く人。


大学の地図を手にしている人。


そして、自分と同じように、少し戸惑っているように見える人もいた。


ミアはゆっくりと歩き出した。


数分後――文学部の校舎


ミアは学部棟の廊下へ入った。


壁には、大きな案内板が掲げられていた。


「日本文学科」


ミアはその前で立ち止まった。


数秒間、その文字をじっと見つめる。


これが、自分で選んだ道だった。


日本文学。


本、詩、物語――


そこは、現実の世界では言葉にできなかったことさえ、伝えられるような気がする世界だった。


ミアは小さくつぶやいた。


ミア:

「ここで……何か変わるかな。」


そのとき、後ろから女の子の声が聞こえた。


女の子:

「あの……日本文学科の教室、こっちで合ってますか?」


ミアが振り返る。


そこには、同い年くらいの女の子が立っていた。


短い髪に、大きなバッグを肩にかけている。


ミアは微笑んだ。


ミア:

「うん。私も今から行くところ。」


女の子はほっとしたように息を吐いた。


女の子:

「よかった! 私、迷子になるところだった。」


ミアは笑った。


ミア:

「私も、ちょっと迷ってた。」


女の子も笑った。


女の子:

「じゃあ、一緒に行こう。」


ミア:

「うん。」


二人は並んで教室へ向かって歩き始めた。


ミアはまだ知らなかった。


この何気ない出会いが、これからどんなものに変わっていくのかを。


けれど――


久しぶりに、未来が未知であることを怖いとは思わなかった。


日本文学の授業


教授が教室に入ってきた。


学生たちのざわめきが、少しずつ静まっていく。


五十歳くらいの男性だった。


細い眼鏡をかけ、何冊かの本を抱えている。


教授は本を机の上に置き、学生たちを見渡した。


そして、静かに口を開いた。


教授:

「文学は、過去を書くものではありません。」


教室が静まり返った。


教授は続けた。


教授:

「今の自分を知るために、過去を読むんです。」


ミアはゆっくり顔を上げた。


その言葉が、心の奥に深く響いた。


ミアはノートを開き、その言葉を書き留める。


「過去を読むのは、今の自分を知るため。」


しばらく、その一文を見つめていた。


そして、ゆっくりとペンを置く。


初めて、過去はただ逃げたいものではなくなった。


もしかしたら――


これから、過去を理解していくのかもしれない。


授業の後


ミアは校舎の外へ出た。


空は青く、穏やかな風が吹いていた。


頭上を、桜の花びらがいくつか舞っていく。


ミアはそのうちの一枚を、空中でそっとつかんだ。


手のひらの中の花びらを見つめ、微笑む。


ミア:

「春が来た。」


そして、もう一度、静かに言った。


ミア:

「今度こそ……私の春を始めよう。」


ミアはその花びらを、ノートのページの間にそっと挟んだ。


そして、寮へ向かって歩き出した。


ミアの新しい人生は――


その日から始まった。
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