夜の風景

知ってる顔が増えていく

第五章・第二ページ:新しい人たち


大学生活が始まって、数日が過ぎた。


横浜の街は、少しずつミアにとって馴染みのある場所になっていた。


大学までの道も覚えた。


授業の後によく立ち寄る小さなカフェも見つけた。


そして、夕方になるとどのベンチに一番日が当たるのかまで、分かるようになっていた。


でも、まだ――


周りにいる人たちは、ミアにとって知らない人ばかりだった。


昼――大学のキャンパス


ミアは木の下に座り、日本文学の本をめくっていた。


そのとき、頭の上から声がした。


???:

「ここ、座ってもいい?」


ミアが顔を上げる。


そこにいたのは、大学初日に学部棟の前で出会った女の子だった。


短い黒髪に細い眼鏡。


手には、たくさんの紙が挟まったノートを持っている。


ミアは微笑んだ。


ミア:

「もちろん。」


女の子はミアの隣に座った。


女の子:

「私、ユナ。」


ミアは少しだけ間を置いて答えた。


ミア:

「私はミア。」


ユナは微笑んだ。


ユナ:

「知ってる。昨日、先生が名前呼んでたから。」


ミアは笑った。


ミア:

「そっか。」


ユナはミアの本に目を向けた。


ユナ:

「日本文学、好き?」


ミアは指先で本の表紙をそっとなぞった。


ミア:

「うん。昔から。」


ユナは頷いた。


ユナ:

「私も。特に詩が好き。」


ミアは一瞬だけ黙った。


詩――


それは、いつの間にか彼女にとって特別な意味を持つようになっていた。


けれど、ミアはただ微笑んで言った。


ミア:

「私も好き。」


そのとき、後ろから笑い声が聞こえた。


少し長めの髪。


肩にはバッグをかけ、両手には飲み物を一つずつ持った男の子が近づいてくる。


???:

「ユナ、またここに隠れてるの?」


ユナはわざと不機嫌そうな顔をした。


ユナ:

「隠れてない。勉強してるの。」


男の子は笑った。


???:

「それ、一番信用できない言い訳。」


そして、ミアに気づく。


???:

「あ、ごめん。新しい友達?」


ユナが答える。


ユナ:

「うん。ミア。」


男の子は飲み物を少し持ち上げた。


男の子:

「俺、ハル。」


ミアは軽く頭を下げた。


ミア:

「よろしく。」


ハルは持っていた飲み物の一つをユナに差し出した。


ハル:

「はい。コーヒー。」


ユナは受け取った。


ユナ:

「ありがとう。」


そして、ミアを見る。


ユナ:

「ミアもいる?」


ミアは手を軽く振った。


ミア:

「大丈夫。ありがとう。」


ハルは肩をすくめた。


ハル:

「じゃあ、次は絶対ね。」


ミアは微笑んだ。


彼の態度は、とても自然だった。


変な質問もしない。


過去を知りたがることもない。


ただ――


新しい友達との、何気ない出会いだった。


午後――大学の図書館


ミア、ユナ、ハルの三人は、同じテーブルを囲んで座っていた。


ユナは真面目にノートを取っている。


一方、ハルは勉強するどころか、ほとんどの時間を天井を見上げて過ごしていた。


ミアが静かに尋ねる。


ミア:

「勉強する気ある?」


ハルは慌てて姿勢を正した。


ハル:

「あるよ。」


ミアは彼のノートを見る。


そこには、ほとんど何も書かれていなかった。


ミア:

「全然書いてないけど。」


ユナは思わず吹き出した。


ハルはため息をついた。


ハル:

「見ないでよ。」


三人は声を上げて笑った。


ミアは、しばらく黙っていた。


自分の笑い声を聞いていた。


この笑い方は――


今までとは違った。


無理に笑っているわけでもない。


悲しみを隠すためでもない。


本当の笑顔だった。


夕方――大学の出口


ミアはユナとハルに別れを告げた。


ミア:

「また明日。」


ユナが手を振る。


ユナ:

「また明日、ミア。」


ハルが言った。


ハル:

「遅刻しないでね。」


ミアは笑った。


ミア:

「それ、ハルに言って。」


ユナが声を上げて笑う。


ハルは手を上げた。


ハル:

「はいはい。」


ミアは二人から離れて歩き出した。


数歩進んだところで、ふと立ち止まる。


そして振り返り、二人を見つめた。


ユナとハルは、まだ楽しそうに冗談を言い合っていた。


ミアは微笑んだ。


心の中で、静かにつぶやく。


ミア:

「知らない人ばかりだった街に……」


少しだけ間を置いて、続けた。


ミア:

「少しずつ、知ってる顔が増えていく。」


ミアは肩にかけたバッグの位置を直した。


そして、歩き出した。


今度は――


一人じゃない。


けれど、ミアはまだ知らなかった。


大学が彼女に教えてくれるのは、勉強や友情だけではないということを。
< 66 / 70 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop