夜の風景

私はもう、冬を待たない

第五章・第三ページ:大学で初めての詩


大学が始まって、二週間が過ぎていた。


朝――日本文学科


昨夜の雨は、教室の大きな窓にまだいくつもの雫を残していた。


春の空気は少し冷たく、薄い日差しが雲の隙間から教室の中へ差し込んでいる。


教授は本を閉じ、学生たちを見渡した。


教授:

「今日は、少し違う課題をします。」


教室に小さなざわめきが広がった。


教授は黒板に一つの言葉を書いた。


「過去に残してきたもの」


ミアは、しばらくその言葉を見つめた。


教授は続ける。


教授:

「自分の過去から、一つだけ言葉を選んでください。」


そして、もう一度言った。


教授:

「その言葉から、短い詩を書いてください。」


教室が静かになった。


ユナはすぐにノートを開いた。


ハルが小さな声でつぶやく。


ハル:

「難しいな……」


ミアは何も言わなかった。


ペンを指の間でゆっくり回す。


過去――


もし一つだけ言葉を選ぶとしたら、何だろう。


友情?


待つこと?


春?


海?


雪?


ミアの手が、自然と白いページの上に置かれた。


そして、そこに一つの言葉を書いた。


「雪」


数分が過ぎた。


教室には、ペンが紙を走る音だけが静かに響いていた。


ミアはページを見つめた。


最初の一行を書く。


そして、手を止める。


一度、線を引いて消した。


もう一度、書き始める。


今度は、そのまま続けた。


雪が降ると、

街は少し静かになる。


足跡は残るのに、

人は去っていく。


私は思っていた。


誰かがいなくなったら、

冬は永遠に続くのだと。


でも、雪は溶けた。


春が戻ってきた。


そして私は気づいた。


別れのすべてが、

人生の終わりではない。


ただ、一つの季節が終わるだけなのだと。


ミアはペンを置いた。


しばらく、その詩を見つめる。


そして、静かに息を吐いた。


涙もなかった。


胸が苦しくなることもなかった。


ただ、不思議な感覚だけが残っていた。


まるで初めて――


長い間、心の中にしまっていたものを、言葉にして紙の上へ置くことができたような気がした。


教授は机の間を歩いていた。


ミアの机の前で足を止めると、彼女の書いたものに目を通した。


教授:

「もう書き終わった?」


ミアは頷いた。


ミア:

「はい。」


教授はしばらく詩を見つめた。


そして、静かに言った。


教授:

「いいね。」


ミアは少し恥ずかしそうにした。


ミア:

「ありがとうございます。」


教授はノートをミアのほうへ戻した。


教授:

「でも、これは雪の詩だけじゃないね。」


ミアは何も言わなかった。


教授は小さく微笑んだ。


教授:

「季節が変わる話だ。」


そう言って、教授は次の机へ向かって歩いていった。


授業の後


ユナがミアのところへやって来た。


ユナ:

「ねえ、ミア。何を書いたの?」


ミアはノートを閉じた。


ミア:

「雪の詩。」


ユナが微笑む。


ユナ:

「読んでもいい?」


ミアは一瞬だけ迷った。


そして、ノートをユナに差し出した。


ユナは静かに詩を読んだ。


しばらくして、何も言わなかった。


そして、小さな声で言った。


ユナ:

「……なんか、寂しいね。」


ミアは窓の外を見た。


ミア:

「うん。でも……最後は春だから。」


ユナは微笑んだ。


ユナ:

「じゃあ、いい詩だね。」


ミアも微笑んだ。


夕方――大学のキャンパス


ミアは、一人で数日前に見つけたあのベンチに座っていた。


膝の上にはノートがある。


ミアはもう一度、あの詩のページを開いた。


そして今度は、ページの一番下に新しい一文を書き加えた。


「私はもう、冬を待たない。」


少しだけ考えた。


けれど、その言葉を消すことはしなかった。


ただ、微笑んだ。


春の風が静かに吹く。


何枚かの桜の花びらが、頭上を舞っていった。


ミアはノートを閉じた。


過去は、まだ自分の一部だった。


でも――


もう、それが自分のすべてではなかった。
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