彼の手『だけ』を見ていた私は、
 ついつい眺めてしまっていると、長谷川さんが書類を手に立ち上がるのが見えた。「まずい」と思い、さり気なくパソコンに視線を戻す。すると、どうやら私に用事があったらしく、彼は私のデスクに向かって真っすぐ歩いてきた。

「根室さん。今、時間いいかな?」
「お疲れ様です。はい、何でしょうか?」
「今日の会議の資料になるから、確認しておいてもらいたいんだ」
「承知いたしました。ありがとうございます」

 長谷川さんがクリアファイルごと書類を差し出す。
 受け取るその瞬間、私の全神経は指先に集中した。細心の注意を払って、彼の指に触れないようにファイルの端を掴む。だけど、なぜか彼の指先が私の指とほんの少しだけ触れた。

「っ…」

 心臓が跳ねる。わずかに触れた皮膚の温度がじわじわと身体に染み込んでいくように感じてしまう。そんなわけがないのに、どうしようもなく痺れてしまう。
 顔を上げると、長谷川さんはいつもの爽やかな笑顔を浮かべていた。しかし、私と目が合うと途端に驚いたように目を見張った。

「根室さん。顔、赤いけれど大丈夫?」
「へ?そ、そうですかね…」
「うん。最近風邪が流行っているみたいだから気をつけて。もし不安なら休みながらでいいからね」
「あ、ありがとう、ございます…」

 慌てて取り繕う私を、彼は「無理しないように」と優しい声で気遣ってくれた。純粋に心配してくれる長谷川さんに邪な感情を向けていることがどうにも罪悪感を掻き立てる。

(本当にごめんなさい…。純粋に心配してくださっているのに…)

 そんな風に気遣ってくれる時の少し下がった目元も、落ち着いた声も大好きなのに。なのに、どうしても彼の腰のあたりで泳ぐ手に目線がいってしまう。

 あの大きな手で頭を撫でられたら__
 あの長い指で頬を撫でられたら__
 あの綺麗な手に縫い留められたら__

 不埒な妄想が頭をよぎり、私は罪悪感と共にさらに顔を赤くした。
< 2 / 5 >

この作品をシェア

pagetop