箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 その頑なな態度を見て、新那は絶望と共に思い知らされた。
 何と言おうと無駄だ。この人は、こういう人なのだ。仕事においても、一度「これ」と決めた戦略は、どれほど周囲に反対されようとも冷徹に遂行し、必ず勝利を収めてきた男なのだから。

「はぁぁぁ……っ」

 新那の口から、今日一番の、魂が抜け落ちるような大きな溜息が漏れた。
 その瞬間だった。
 それまで死んだように沈黙を守っていた少年が、滑らかな、あまりにも滑らかな動作で一歩前へと踏み出した。
 靴音が、リビングの床にカツンと硬質に響く。
 彼は新那の正面に立つと、分度器で測ったかのように正確に、上体を四十五度傾けて深く頭を下げた。

「今日からお嬢のボディーガードを務めます」

 少年の口から発せられたその声に、新那は思わずゾクリと背筋を震わせた。
 低くて、とても心地良いトーンの美声。
 しかし、そこには感情という名の抑揚が一切存在しなかった。温度もなく、湿り気もない。まるでスタジオで完璧にデジタル録音され、ノイズを極限まで除去された音声を、そのまま脳内に直接流し込まれているかのような、気味の悪い声。
 頭を上げた少年は、その死んだ漆黒の瞳を再び新那へと向け、淡々と、恐るべき言葉を紡いだ。

「――当機は、神条(しんじょう)コンソーシアム最高技術研究所が開発した、対テロ戦闘・近接防衛特化型アンドロイド。『R-01(アールゼロワン)』。以後、お嬢の安全を第一定義として稼働いたします」

 新那は、大きく目を見開いたまま、完全に凍りついた。

「……アン、ドロイド……?」
「はい。生体模倣技術および人工知能を搭載した、自律型機械人形です」
「ロ、ロボット……ってこと……?」
「一般的な定義においては、その認識で相違ありません。駆動原動力を稼働させているため、二十四時間三百六十五日、お嬢の監視および護衛が可能です」

 新那の脳内で、何かが音を立ててパツンと切れた。
 高校生活、初日の朝。
 突如として前に現れた、同じ学校の制服を着た謎のボディーガード。
 しかも、人間ですらない、パパの会社が作った最新鋭の殺人……ではなく、防衛用ロボット。
 理解が追いつかない。現実感がなさすぎて、自分が今、質の悪いSF映画の夢でも見ているのではないかという錯覚に陥る。

「素晴らしいだろう、新那。これでもう何も怖がる必要はない」

 隣で、父親がこれ以上ないほど誇らしげに胸を張り、ふはは、と満足げな笑みを漏らしている。
 混乱の極みに達した新那は、ただただ目の前に立つ、美しくも冷酷な機械の少年を見つめることしかできなかった。
 少年――否、『R-01』は、主である新那の混乱など意に介さず、ただプログラムされた通りに、冷たい視線で彼女の全てを網膜のセンサーに焼き付けている。
 たった一つだけ、今この瞬間に、確信を持てることがあった。
 今日から始まるはずだった、甘くて輝かしい何処にでもある「普通の高校生活」。
 それは、校門を潜り抜ける前の、このリビングの時点で――すでに跡形もなく、木っ端微塵に破壊されてしまったらしい。

「神条新那お嬢。何があってもお護りします」

 無機質なアンドロイドの挨拶が、リッチな部屋の中に虚しく響き渡る。
 前途多難なんて言葉では生温い、とんでもなく異常な新生活のプロローグが、今、最悪な形で幕を開けた。
 新那の胸には、春の朝日に似合わない、鉛のように重い予感だけが深く、深く沈んでいった。







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