箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
(……えっ、納得しちゃうんだ!?)
新那はアールの発言よりも、莉子の規格外の受け入れ能力の高さに度肝を抜かれた。
「ちょっと待って、莉子ちゃん。私は一ミリも納得してないんだけど」
「お嬢。移動時における安全確保は、俺の根幹プログラムにおける最優先定義です。異議申し立ては却下されます」
「学校の中だよ? テロリストなんて何処にもいないよ」
「外敵だけが脅威ではありません。この構造物内には、お嬢の生命を脅かす無数の危険因子が初期配置されています」
「例えば?」
「――第一に、階段。落下の際、頭部への深刻なダメージが予測されます」
「それは私が足元に気をつければいいだけじゃん」
「第二に、窓。突風、あるいは過失による墜落リスクが存在します」
「自分から飛び降りたりしないから!」
「第三に、木製机の鋭利な角。歩行時の衝突により、軟部組織に軽微な挫傷を負う可能性があります」
「……ねえ、私はどれだけ自分の不注意で死にそうになる危険人物だと思われてるの?」
真面目くさった顔で、大真面目に「机の角」への警戒を説くアールの姿に、莉子が耐えかねたようにぷっと吹き出した。
「ふふっ、あははは! 二人とも変なのー」
「ちょっと莉子ちゃん、笑わないでよ!」
「だって、神条君の心配のスケールが細かすぎるんだもん! まるでおじいちゃんみたい!」
全然面白くない。新那にとっては死活問題だ。
何しろ本人のAIは、大真面目に「お嬢を机の角から守るための戦闘シミュレーション」を脳内で繰り返しているのだから。
そんな、何処までも噛み合わないやり取りを繰り広げながら、凸凹な三人はゆっくりと歩き出した。
授業が終わり、部活動に所属していない生徒達が下校した後の廊下は、驚くほど静まり返っていた。
長い廊下を進む。窓の外から差し込む大きな夕陽が、リノリウムの床を鮮やかな橙色に染め上げ、三人の影を細長く、何処までも奥へと伸ばしていく。
昼間の喧騒が嘘のように遠のいた校舎は、まるで世界に取り残された秘密基地のような独特の静寂に包まれていた。
カツン、カツン、と三人の足音だけが、天井の高い廊下に心地よく反響する。
「……なんか、不思議だね」
前を歩いていた莉子が、ふと足を緩めて、ぽつりと呟いた。
「何が?」
「だって、朝はこの学校にいる人全員が知らない人ばっかりで、すっごく不安だったのにさ」
莉子は橙色に染まる窓の外の校庭を見つめながら、はにかむように微笑んだ。
「今はこうして、新那ちゃんっていう友達と一緒に並んで歩いてるんだもん」
その言葉を聞いた瞬間、新那は少しだけ胸が突かれるような衝撃を覚え、何度も目を瞬いた。