箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
友達。トモダチ。ともだち。
莉子の口から自然に零れ落ちたその響きが、あまりにも瑞々しくて、胸の奥が擽ったいような、泣き出したいような不思議な感覚に包まれる。
でも、決して嫌じゃない。むしろ、言葉にできないほどの愛おしさが胸に満ちていく。
「――うん、そうだね」
新那の口元から、自然と本物の、今日一番の温かい笑顔が溢れ出た。
莉子もそれが嬉しかったのか、「へへっ」と満足そうに笑う。
そんな女子二人の少しセンチメンタルな歩調を、アールは少し後ろから、静かに見守るようにして付いて来ていた。
いつも通り、その顔に表情はない。
いつも通り、ガラス玉のような無機質の瞳。
しかし、新那はふと、ある奇妙な変化に気がついた。
朝の通学路では、彼は常に正確無比な「三メートル」の距離を維持し、新那の『影』としてただ背後に張り付いていたはずだった。
なのに、今の彼は――新那のすぐ斜め後ろ、手を伸ばせば届くような、二人の会話が自然に耳へ届く絶妙な距離感で歩いている。
それはまるで、彼自身が意図してその距離を縮めているかのような、不思議な歩調だった。
「ねえ、アール」
「はい、お嬢」
「……何、さり気なく距離縮めてるの?」
「不測の事態における介入速度をゼロ短縮するための、防衛ポジションの最適化です。他意はありません」
「そう、相変わらず変なの」
新那は小さく苦笑しながら、再び前を向いた。
防衛の最適化と言い張る彼のプログラムが、なぜ「友達との会話の最中」に作動したのかは分からないけれど、その少しだけ縮まった距離が、今は何故だかほんの少しだけ、頼もしく思えてしまった。
それから三人は、影が伸びきるまで、誰もいない静かな校舎を時間の許す限り歩き回った。
夕闇の光の中に無数の背表紙が沈む、本特有の匂いが満ちた図書室。
大きなグランドピアノが中央に鎮座し、何処か放課後の余韻を残す音楽室。
真新しいミシンや調理台が並ぶ家庭科室。
棚の奥に怪しげな薬品の瓶や骨格標本が並ぶ、少しひんやりとした理科準備室。
どれも、これからの三年間で数え切れないほど使うことになる、まだ見ぬ日常のパーツたち。
新しい部屋を見つけるたびに、莉子が子犬のようにはしゃぎ、新那がそれを見て声を立てて笑い、アールがその背後で無表情のまま不審物がないかをスキャンする。
気がつけば、大きな窓の外の景色は、燃えるような夕焼けの橙色から、夜の始まりを告げる深い薄暗い青へと移り変わり始めていた。
部活動の生徒達も帰路につき、校舎の中は完全な静寂に支配されていく。
誰もいない長い廊下。誰もいない薄暗い階段。
それはまるで、自分たちだけの特別な世界を冒険しているかのような、胸躍る放課後。
入学初日の、最高の終わり。
それは、新那がこれまでの人生の中で、何百回、何千回とベッドの中で夢見ていた、眩しすぎるほどに美しい「高校生活そのもの」の景色だった。
――これで、すぐ隣に大真面目な顔で「理科室のアルコールランプの爆発危険性」をブツブツと呟いている護衛用アンドロイドさえいなければ、完璧だったのだけれど。
莉子の口から自然に零れ落ちたその響きが、あまりにも瑞々しくて、胸の奥が擽ったいような、泣き出したいような不思議な感覚に包まれる。
でも、決して嫌じゃない。むしろ、言葉にできないほどの愛おしさが胸に満ちていく。
「――うん、そうだね」
新那の口元から、自然と本物の、今日一番の温かい笑顔が溢れ出た。
莉子もそれが嬉しかったのか、「へへっ」と満足そうに笑う。
そんな女子二人の少しセンチメンタルな歩調を、アールは少し後ろから、静かに見守るようにして付いて来ていた。
いつも通り、その顔に表情はない。
いつも通り、ガラス玉のような無機質の瞳。
しかし、新那はふと、ある奇妙な変化に気がついた。
朝の通学路では、彼は常に正確無比な「三メートル」の距離を維持し、新那の『影』としてただ背後に張り付いていたはずだった。
なのに、今の彼は――新那のすぐ斜め後ろ、手を伸ばせば届くような、二人の会話が自然に耳へ届く絶妙な距離感で歩いている。
それはまるで、彼自身が意図してその距離を縮めているかのような、不思議な歩調だった。
「ねえ、アール」
「はい、お嬢」
「……何、さり気なく距離縮めてるの?」
「不測の事態における介入速度をゼロ短縮するための、防衛ポジションの最適化です。他意はありません」
「そう、相変わらず変なの」
新那は小さく苦笑しながら、再び前を向いた。
防衛の最適化と言い張る彼のプログラムが、なぜ「友達との会話の最中」に作動したのかは分からないけれど、その少しだけ縮まった距離が、今は何故だかほんの少しだけ、頼もしく思えてしまった。
それから三人は、影が伸びきるまで、誰もいない静かな校舎を時間の許す限り歩き回った。
夕闇の光の中に無数の背表紙が沈む、本特有の匂いが満ちた図書室。
大きなグランドピアノが中央に鎮座し、何処か放課後の余韻を残す音楽室。
真新しいミシンや調理台が並ぶ家庭科室。
棚の奥に怪しげな薬品の瓶や骨格標本が並ぶ、少しひんやりとした理科準備室。
どれも、これからの三年間で数え切れないほど使うことになる、まだ見ぬ日常のパーツたち。
新しい部屋を見つけるたびに、莉子が子犬のようにはしゃぎ、新那がそれを見て声を立てて笑い、アールがその背後で無表情のまま不審物がないかをスキャンする。
気がつけば、大きな窓の外の景色は、燃えるような夕焼けの橙色から、夜の始まりを告げる深い薄暗い青へと移り変わり始めていた。
部活動の生徒達も帰路につき、校舎の中は完全な静寂に支配されていく。
誰もいない長い廊下。誰もいない薄暗い階段。
それはまるで、自分たちだけの特別な世界を冒険しているかのような、胸躍る放課後。
入学初日の、最高の終わり。
それは、新那がこれまでの人生の中で、何百回、何千回とベッドの中で夢見ていた、眩しすぎるほどに美しい「高校生活そのもの」の景色だった。
――これで、すぐ隣に大真面目な顔で「理科室のアルコールランプの爆発危険性」をブツブツと呟いている護衛用アンドロイドさえいなければ、完璧だったのだけれど。