箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
だが、その安堵を打ち砕くように、新那の真横から最悪の音声信号が発せられる。
「――事実関係の修正を行います。当機は生物学的な親戚関係では――」
「アール!!!!」
新那はギチギチと音を立てるような笑顔のまま、アールのブレザーの袖をものすごい力で掴んだ。
その瞳の奥には、確実な「殺意」にも似た圧が籠もっている。
「はい、お嬢」
「……黙ろうか」
「了解しました。言語出力を完全停止します」
ピッ、という脳内電子音が聞こえてきそうなほどの即座の停止。
危なかった。本当に、あと一秒遅ければこれからの高校生活は別の意味で終わるところだった。
莉子はアールの妙な挙動に気づくことなく、「でも、二人の掛け合いって本当に息がピッタリで仲良いよね!」と楽しそうに笑っている。
「全然。仲良くないからっ」
「わ、即答だ」
「一ミリも仲良くない。私は今日、この男の本性を初めて知ったんだから」
「あはは、神条君も大変だねー」
莉子は鞄を肩に掛け直すと、校門の先にある分かれ道を指差した。
「じゃあ、私は駅あっちだから、ここで! 新那ちゃん、本当に今日はいっぱいありがとう! お友達になってくれて嬉しかった!」
「ううん、私の方こそ。……また、明日ね!」
「うん、また明日! バイバイ!」
莉子は満面の笑みで大きく手を振りながら、夕焼けの街へと元気に駆けていった。その小さくなっていく後ろ姿を、新那は胸の奥がキュッとなるような愛おしさを感じながら、見えなくなるまでずっと見送り続ける。
(“また明日”、か……)
なんて、素敵な言葉なのだろう。
新那はそっと息を吐き、ゆっくりと振り返った。
そこには、夕闇の青に溶けかけるようにして、いつもの無表情なアールが当然のように佇んでいる。
「――帰還ルートを設定。邸宅へと戻りますか、お嬢」
感情の含まれない、いつもと変わらない冷たい声。朝、家を出た時に聞いたものと何一つ変わらないはずのシステム音声。
なのに、新那は、自分の履いたローファーのつま先を見つめ、それから小さく微笑んだ。
「……うん、帰ろっか、アール」
「了解。これより帰路における防衛プロトコルを開始します。お嬢の後方三メートルへと展開――」
「あ、帰りは普通に隣歩いていいよ。なんとなく、寂しいし」
「……? プロトコルの基準値外ですが、主の命令を優先します」
そうして、波乱万丈で、最悪で、だけどほんの少しだけ特別なものになった高校生活第一日目は、橙色から群青色へと移り変わる美しい夕空の下、静かに、優しく幕を下ろしたのだった。
「――事実関係の修正を行います。当機は生物学的な親戚関係では――」
「アール!!!!」
新那はギチギチと音を立てるような笑顔のまま、アールのブレザーの袖をものすごい力で掴んだ。
その瞳の奥には、確実な「殺意」にも似た圧が籠もっている。
「はい、お嬢」
「……黙ろうか」
「了解しました。言語出力を完全停止します」
ピッ、という脳内電子音が聞こえてきそうなほどの即座の停止。
危なかった。本当に、あと一秒遅ければこれからの高校生活は別の意味で終わるところだった。
莉子はアールの妙な挙動に気づくことなく、「でも、二人の掛け合いって本当に息がピッタリで仲良いよね!」と楽しそうに笑っている。
「全然。仲良くないからっ」
「わ、即答だ」
「一ミリも仲良くない。私は今日、この男の本性を初めて知ったんだから」
「あはは、神条君も大変だねー」
莉子は鞄を肩に掛け直すと、校門の先にある分かれ道を指差した。
「じゃあ、私は駅あっちだから、ここで! 新那ちゃん、本当に今日はいっぱいありがとう! お友達になってくれて嬉しかった!」
「ううん、私の方こそ。……また、明日ね!」
「うん、また明日! バイバイ!」
莉子は満面の笑みで大きく手を振りながら、夕焼けの街へと元気に駆けていった。その小さくなっていく後ろ姿を、新那は胸の奥がキュッとなるような愛おしさを感じながら、見えなくなるまでずっと見送り続ける。
(“また明日”、か……)
なんて、素敵な言葉なのだろう。
新那はそっと息を吐き、ゆっくりと振り返った。
そこには、夕闇の青に溶けかけるようにして、いつもの無表情なアールが当然のように佇んでいる。
「――帰還ルートを設定。邸宅へと戻りますか、お嬢」
感情の含まれない、いつもと変わらない冷たい声。朝、家を出た時に聞いたものと何一つ変わらないはずのシステム音声。
なのに、新那は、自分の履いたローファーのつま先を見つめ、それから小さく微笑んだ。
「……うん、帰ろっか、アール」
「了解。これより帰路における防衛プロトコルを開始します。お嬢の後方三メートルへと展開――」
「あ、帰りは普通に隣歩いていいよ。なんとなく、寂しいし」
「……? プロトコルの基準値外ですが、主の命令を優先します」
そうして、波乱万丈で、最悪で、だけどほんの少しだけ特別なものになった高校生活第一日目は、橙色から群青色へと移り変わる美しい夕空の下、静かに、優しく幕を下ろしたのだった。