箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 新那は掛け布団を握り締めたまま、信じられないという風に頭を抱え込んだ。

「だからって、女の子の寝室に勝手に入ってきて、顔をゼロ距離まで近づけていい理由になるわけない!  不法侵入だよ!」
「問題ありません。事前に入室、および安否確認に関するマスター権限の許可は取得済みです」
「……誰から?」
「お父様からです。『新那は朝が弱いから、起きなければベッドごとひっくり返していい』との委任を受けています」
「あの過保護クソ親父ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 全ての犯人が分かった。間違いなく、我が家の暴走気味の父親だ。
 新那はベッドの上に、力なく、がっくりと突っ伏した。
 高校生活、まだ二日目の朝。始まって十分も経っていないというのに、新那のHPはすでに黄色信号、否、瀕死の赤信号に突入している。

「――本日の天気は晴れ。最高気温は二十一度」

新那の絶望を完全にスルーして、アールが淡々と朝のニュースを読み上げ始める。

「降水確率は十%。傘の携帯は不要と判断します」
「聞いてない……」
「朝食のトースト及びオムレツは、一分四秒後に完璧な状態で完成予定です」
「聞いてないってば……」
「お嬢の現在の準備速度を演算した結果、始業時刻に対する遅刻の可能性は、現在ゼロ%です」
「だから! 誰もそんなこと聞いてないって言ってるでしょ!」

 新那は枕元から、お気に入りの白い枕を両手で掴み取った。
 そして、日頃のストレスと今朝の恐怖の全てを込めて、アールの顔面目掛けて思い切り投げつけた。

 ――ぽすっ。

 新那の全力投球は、アールの端正な鼻筋のあたりに綺麗に命中した。
 しかし、世界最高峰の装甲を誇るアンドロイドにとって、綿の詰まった枕など、タンポポの綿毛が当たったほどの衝撃すら配置されていない。

「――当機に対する、物理的な攻撃を検知しました」
「攻撃じゃない、ただの意思表示!」
対象(お嬢)に、当機を破壊、あるいは損壊せしめる明確な敵意は存在しますか。防衛カウンターの必要性を判断します」
「ない!  ないから!  カウンターとか物騒なことしないで!」
「了解しました。敵意なしと判定。ログを消去します」

 アールは足元に落ちた枕を、まるでガラス細工でも扱うかのように優しく拾い上げた。
 そして、皺一つ寄らないよう両手で丁寧に形を整えると、新那のベッドの元の位置へと、寸分の狂いなく綺麗に戻した。

「――枕の返却、完了しました。ご協力、ありがとうございます」
「……なんでお礼言うのよ、調子狂うなぁ、もう……」

 新那は再び、枕に顔を埋めて深い、深い溜息を漏らした。
 もう駄目だ。この、融通が利かないくせに無駄に礼儀正しいアンドロイドと、人間らしいまともな会話を成立させようとしてはいけない。
 新那は高校生活二日目にして、人生の重要な教訓を深く悟った。
 窓の外からは、雲一つない爽やかな青空から、眩しい朝の光が差し込んでいる。
 けれど新那の心には、昨日以上の波乱と大嵐の予感しか、これっぽっちも湧いてこないのだった。
< 49 / 194 >

この作品をシェア

pagetop