箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
❦負けるな自分
賑やかだった校門を連れ立って出てから、しばらく。
二人は、家々が静かに立ち並ぶ住宅街へと続く緩やかな坂道を歩いていた。
見上げる夕方の空は、燃えるような昼の光を融かし、淡く切ない橙色から、紫がかった薄暮のグラデーションへと染まり始めている。
放課後の部活動へ向かう生徒達の、遠く弾けるような掛け声も少しずつ遠ざかり、気がつけば辺りは驚くほど静まり返っていた。
「じゃあねー! 二人とも、また明日ねっ!」
さっきまで隣で弾むように喋っていた莉子は、校門の前で、千切れんばかりに元気よく手を振りながら帰っていった。
嵐のような少女の気配が去り、校門の前に残されたのは――。
新那と、アールの二人だけ。
「……」
「……」
二人の間に、会話はない。
けれど、それが決して気まずいわけではなかった。そもそもアールという存在は、自発的に無駄口を叩くようには設計されていない。必要がなければ、ただ沈黙を維持するだけだ。
彼は新那の正確に三歩後ろを、足音のテンポすら完全に同調させながら黙って歩いている。
主の『影』として。
忠実な護衛として。
何処までも冷徹な機械として。
それが、昨日までの新那にとっての「いつもの日常」の景色だった。
「ねぇ、アール」
新那は前を向いたまま、ふと声を掛けた。
「――はい、お嬢。何でしょうか」
即座に、一ミリの遅延もなく返事が返ってくる。相変わらず、音声認識の反応速度だけは世界最高峰だ。
「前からさ、いつも気になってたんだけど」
「質問の意図を測りかねます。どの案件でしょうか」
新那は、少しだけ歩く速度を落としてみた。すると背後のアールも、まるでレーザー測定器で測ったかのように、寸分違わず同じだけ歩調を緩める。なんだか、自分の動きを映し出す鏡と歩いているようだ。
「その、話し方なんだけど」
「話し方、ですか」
「うん」
新那は足を止め、ゆっくりと振り返った。
長く伸びた影の先、残照の夕陽を背中に受けて佇むアールは、相変わらず端正な顔立ちを完全に消灯させたような無表情のままだった。
「それ、なんとかならない?」
数秒間の、奇妙な沈黙。住宅街の路地に、微かな風の音だけが通り抜ける。
「……当機の音声出力モジュールの、どの部分に不具合が生じているでしょうか」
「不具合っていうか、全部」
新那の即答に、アールは僅かに首を傾げた。
「具体的な修正指示の提示をお願いします」
「ほら、そういうところ!」
「何処でしょうか。当機の言語選択は、標準的な現代日本語の文法に準拠しています」
「だから、その喋り方自体が問題なの」
新那は人指し指を顎に当て、少しだけ考え込んだ。どう説明すれば、この高知能な人工知能に伝わるだろう。
「なんていうか……とにかく固い。四角四面っていうの?」
「固い。俺の外装表面の硬度の話ではなく?」
「違うよ。まるで会社の、すっごくお堅い役員の人と喋ってるみたい」
「俺は神条コンソーシアムの所有物ですが、会社員としての雇用契約は結んでいません」
「あーもう、そういう意味じゃなくて!」
新那は思わず、呆れ混じりの苦笑を漏らしてしまった。やっぱり、比喩表現はストレートには伝わらない。
「ここ、学校なんだからさ」
「はい。教育機関です」
「だから、そうじゃなくて!」
まただ。会話のキャッチボールをしているはずなのに、ボールが虚空ですれ違っていく。