箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 新那は熱で重い瞼を、ほんの数ミリだけ薄く開ける。
 入ってきた朝の光。歪む視界。そのぼやけた輪郭の中に、制服姿の、見慣れた長身の人影が飛び込んできた。

「……お嬢」

 彼は驚くほどの速さでベッドサイドへと近付いてくる。
 新那の霞む瞳には、いつもなら大理石のようにピクリとも動かない彼のアンドロイドとしての顔が、ほんの僅かに、焦燥に駆られたように險しく歪んで見えた。
 もちろん、それは高熱が見せる幻覚かもしれない。彼は機械なのだから、プログラムにない表情なんて作れるはずがないのだ。

「顔色が極めて悪い。皮膚表面の紅潮を確認」

 短く、硬い声が聞こえた次の瞬間、新那の熱く火照った額に、ひんやりとした冷徹な手がそっと触れた。
 アールの掌に内蔵された熱感知センサーが、一瞬で彼女の正確な体温を弾き出す。

「――体温、三十八度八分。生命維持に重大な支障をきたすレベルの高熱だ」

 新那は、額に触れるその機械の冷たさが心地よくて、うっとりと息を吐きながら再び目を閉じた。
 いつもなら「冷たい」と文句を言うはずの掌が、今は保冷剤のようにありがたい。

「……アール」
「ここにいる」

 返事は、一瞬の遅れもなくすぐ傍から返ってきた。

「むり……。今日、がっこう……いけない……」

 起き上がること。着替えること。莉子に会うこと。
 何もかも、今の自分には全部無理だった。楽しみにしていた高校生活の続きが、熱の向こうに遠ざかっていく。
 アールは一秒ほど、自分の電子回路を静静と巡らせるように沈黙し――それから、静かに言った。

「……分かった。無理をするな」

 その短くて、不器用なほど優しい一言が、妙に、痛いくらいに安心できて。
 新那は張り詰めていた糸が切れたように、そのまま深い意識の底へと再び瞼を閉じた。
 薄れゆく意識の淵で、カチリ、と耳障りだった目覚まし時計の音がようやく止められる。
 代わりに聞こえてきたのは――。
 フローリングの床を、かつてないほど慌ただしく、激しく行き来するアールの足音だった。
 氷嚢を準備する音、何処かへ連絡を入れようとする端末の電子音。
 それはまるで、感情なんて持たないはずの冷徹な機械が世界で一番大切なものを守るために、本気で右往左往して慌てふためいている用に、新那の耳の奥に優しく響いていた。
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