箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
 数分か、それとも数十分、あるいは数時間か。
 熱に浮かされた頭では、時間の感覚が泥のように溶けてしまって、上手く掴めなかった。
 ただ、意識の深い底に沈みながらも、遠くで何かが慌ただしく動く気配だけは感じていた。
 バタバタと廊下を往復する足音。
 バタン、と静かに閉まる扉の音。
 リビングの引き出しを何かを探して開ける音。
 そして、台所で勢いよく水が流れる音。
 そんな断片的な生活の音だけが、ぼんやりと耳の奥に届いては消えていく。私は一人じゃないんだ、という微かな感覚だけが、冷え切った寂しさを繋ぎ止めていた。

 ――コン、コン。

 そして、遠慮がちな、けれど軽いノックの音がした。
 声を大にして返事をする気力なんて、爪の先ほども残っていない。

「――入るぞ」

 聞き慣れた、けれどいつもよりずっと低い声がした。
 静かに扉が開く。再び足音が近付いてきて、ベッドのすぐ横で止まった。新那は熱で鉛のように重い瞼を、力を振り絞るようにして少しだけ持ち上げた。
 霞む視界の中にゆっくりと焦点を結んだのは、やはりアールだった。
 彼の大きな片手には、プラスチック製のトレーが乗っている。その上には、冷えたスポーツドリンクのペットボトル。ガラスのコップ。デジタル体温計。お医者さんから処方されている常備薬の解熱剤。そして、冷たい水で濡らして綺麗に四角く畳まれた、真っ白なタオル。
 何処からどう見ても、完璧すぎるほどの「看病セット」だった。

「……なに、それ」

 ヒビ割れた土壌のように潰れた掠れ声で、新那は尋ねる。

「――お嬢の体調不良、および機能低下への応急対応」

 アールはいつも通り淡々と、抑揚のない声で答えた。

「護衛対象の健康状態の回復を最優先タスクに設定した。現在から看病へと移行する」

 そう言うと、アールはベッドの脇へと腰を下ろした。
 いや、正確には、部屋の隅にあった学習用の椅子をベッドのすぐ近くまで音もなく引き寄せて、そこに腰掛けたのだ。
 いつもなら、部屋に立入を許されても、直立不動のまま壁際ではりついているはずの彼なのに。
 新那はぼんやりとそれを見つめる。高熱のせいで脳がバグを起こしているのだろうか。
 アールが自分のすぐ傍に座っているという、その小さな違和感だけで、胸の奥が妙にそわそわとして仕方がなかった。

「まず、深刻な脱水症状を防ぐため、水分補給を行う」

パキッ、と小気味良い音を立ててペットボトルのキャップが開けられる。トトト、とガラスのコップに冷たい液体が注がれる音が、妙に耳に心地よかった。

「……飲めるか?」

 その、短くて静かな問い掛けに、新那は一瞬だけ丸く目を開いた。
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