箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 解熱剤の錠剤を喉の奥へ流し込ませて。
 結露したスポーツドリンクのペットボトルを、いつでも手が届く枕元へ置いて。
 ぬるくなりかけていた額のタオルを、氷水で冷やし直した新しいものへと替えて。
 体温計の液晶に表示されていた「三十八度七分」という数値を、自らの内部メモリへと正確に記録した。
 彼にとって、マニュアルに記載された『護衛対象の突発的疾病における初期対応』として必要な作業は、これで一通りすべて完了したらしい。
 アールはシーツの皺を一本だけ静かに伸ばすと、椅子からスッと立ち上がった。

「――休んでいろ」

 上から降ってきたのは、短く、平坦な言葉だった。

「現在の生体データを分析するに、強制的な睡眠モードの維持が、免疫細胞の活性化において最も効率的だ。俺はこれより、室外にて警戒任務へと戻る」

 新那は、熱で重たい頭を枕に沈めたまま、ぼんやりと頷いた。
 薬が効き始めるのはまだ先のはずなのに、アールがテキパキと動いてくれたおかげで、身体のだるさは先ほどよりも不思議と少しだけ楽になっていた。
 アールは引き寄せていた椅子を、元の位置へと音もなく戻し、ゆっくりと部屋の扉の方へと歩き出す。

――コツ。コツ。

 静かで、一定の、ブレのない足音。
 いつもなら、自分を完全に守ってくれる安心の象徴だったその足音を耳にしているうちに――。
 何故だろう。新那の胸の奥が、急に激しくざわつき始めた。
 アールが遠ざかるにつれて、いつも過ごしているはずの自分の部屋が、恐ろしいほど広く、寒々と感じられる。彼がこの扉の向こうへ行ってしまったら、私はまた、あの真っ白な天井の下で、たった一人きりで熱の苦しさと戦わなければならない。
 一人になる。
 そう思った瞬間、新那の身体は、彼女の貧弱な理性を完全に置き去りにして動いていた。

「……ま、って」

 掠れた、今にも消え入りそうな声。
 けれど、その微かな空気の振動を、アールの高感度センサーは見逃さなかった。
 アールの足音がピタリと止まる。彼はゆっくりと、不思議そうに振り返った。

「どうした」

 新那は、その問いに言葉で答えることができなかった。
 代わりに、重たい毛布の隙間から、白くて細い腕がすっと虚空へ伸びる。
 そして――。
 カサリ、とシーツの上で小さな音がして。
 新那の指先は、アールの着ているシャツの裾を、きゅっと、壊れ物を掴むような必死さで掴み取っていた。

「……」
「……」

 部屋の中に、張り詰めたような沈黙が満ちていく。
 新那自身、自分がどうしてこんな子供じみた行動を取ってしまったのか、全く分かっていなかった。
 熱のせいだ。熱のせいに違いない。頭がぼんやりして、正常な判断ができていないだけ。
 身体が弱ると、心まで一緒に弱くなってしまう。心細くて、寂しくて、不安で、そんなぐちゃぐちゃな感情が脳内でパンクしてしまっただけだ。
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