似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
 連れてこられたのは病院の中庭だった。
 人がまばらで、遠くで患者らしき人が歩く練習をしている以外、誰もいなかった。

「あの……小野様のことでしょうか?」

 美空が医師の背中に声をかけると、彼はピタリと立ち止まって振り向いた。

「実は俺、小野さん知り合いなんです。改めて、助けてくれてありがとうございます」
「いえそんな」

 礼儀正しく頭を下げられ、思わず首を横に振る。

「謙遜しないでください。的確な救命措置のおかげですから。桜井さんも医療系のお仕事を?」
「インストラクターなんです。それで救命講習を受けていたのが役に立ちました」
「なるほど」

 医師が納得したように頷く。

(でも講習通りになんて、出来なかった)

 自分の駄目さに耐えられなくて、美空は言い訳をするように口を開いた。

「実際に目の前に倒れている人を見ると駄目ですね。怖くて、震えて、ぜんぜん力が入らなかった。お医者様は本当にすごいんだなって改めて思いました」

 小野が倒れた時のことを思い出し、手足が少し冷たくなる。救急車がもう少し遅かったら間に合わなかったかもしれない。
 美空が「自分が情けないです」と呟くと、医師は力強い眼差しで「それは俺たちも同じですよ」と美空を目をまっすぐと見つめた。

「俺たちだっていつも怖いんです。でも、だからこそ、日頃の備えがものを言うんですよ。桜井さんの救命措置が的確だったのは、講習の成果が出せたってことです」
「そうでしょうか?」
「ええ。恐怖の中、人のために動いてくれて本当にありがとうございます」

 こんなに感謝されるのは久しぶりだ。
 先程までのフラッシュバックが薄れ、じんわりと身体に熱が戻ってくる。

 美空が「なんだか照れますね」と笑うと、彼は微笑み、そのままニヤリと口角をさらに上げた。

「ところで……結婚、しなくてすんだ?」
「へ? け、結婚? なんのことですか?」

 ラフな口調で問いかけられ、美空はポカンと彼を見つめる。

「覚えてない? 結構印象的な修羅場だったけど」

(確かにどこかで会ったような……修羅場?)

 医師をまじまじと見つめながら思考を巡らせる。
 印象的な修羅場、結婚、どこかで見た人――。

「あっ! 『結婚はしない』の人!」

 美空が思わず指さすと、彼は笑いながら頷いた。

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