似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
翌朝、美空が起きた時にはすでに優斗の気配はなかった。
『俺のシフトは不規則だから、居ても居なくても気にしないで』
と言われていたが、目の当たりにすると医師という職業への大変さがうかがえた。
(優斗さんって本当に忙しいのね。あかつき総合医療センターって救急外来の受け入れが多いらしいし、急な仕事も多いんでしょうね)
当直明けの翌日に朝から出勤しているなんて、想像以上の働き方をしている。
「私も頑張らなきゃな。仕事がもらえないくらい何よ。優斗さんの大変さに比べたら小さいことだわ」
今日は洋介と丸一日シフトが被っている。マネージャーは必死に調整していたが、いつかは被る日がくるものだ。
最悪な日なのだが、美空は気合いを入れて朝の支度をした。
優斗に負けていられない。そんな気持ちだった。
「おはようございます!」
美空はいつものように挨拶をして控え室に入る。
幸いなことに洋介はまだ来ていないようだ。安堵しながら受付ブースに向かい開店準備を始める。
開店二分前、洋介がお客様用の出入り口からゆったり歩いてくるのが見えた。
目が合わないように受付用のPCを操作していると、彼は受付テーブルに肘を置き、美空を睨み付けた。
「お前が受付だと、客が減りそうだな。申し訳ないとか思わない訳?」
無視していると、洋介はイライラしたようにテーブルをバンと叩いた。
「人の浮気にさんざん文句言ってた奴が、別れて数ヶ月もしないうちに結婚? 倫理観のない奴にうちで働いてほしくないんだけど!?」
「……村上さん、そろそろ開店します。今日はトレーニングルームの担当ですよね。行かないとお客様が困ってしまいますよ」
美空が静かに告げると、彼は舌打ちをして去っていった。
遠巻きに見ていたスタッフ達が、なにやらヒソヒソと話している。
(そりゃあ気になるよね。社長子息と付き合ってるのに浮気して、そのまま別れたかと思ったら違う人と結婚だなんて……噂の恰好の的だもの)
どうしようもないことだ。職場恋愛がこじれるとこんなものなのだろう。
分かってはいたし納得もしているが、気が重いのは事実だ。
「転職かなあ……インストラクター系ってこの歳からだとキツいんだよなあ」
正直インストラクターとしての仕事をさせてもらえなくなってからは、何度も転職という言葉が頭をよぎっていた。
けれど、それが困難であることもよく分かっていた。
フィットネス系は、若くて体力のある人がどんどんと入ってくる業界だ。二十代後半で指導者育成の経験もないとなると、なかなか正社員での転職は難しい。
それに、今より給料が下がるのは間違いなかった。
(他の資格って言っても、取っただけで経験のない理学療法士の資格くらいしかないし。うーん……異動願いでも出そうか? そうだ、それがいい)
ひとまず洋介のいない支店に異動になれば、彼も余計なことをしたりしないだろう。
お互い顔を会わせなくて済むし、Win-Winだ。
(マネージャーも私の件で洋介にかなり気を使ってるみたいだし、きっと喜ぶわね)
そうと決まれば早速書類を書いてしまおうと、社内ネットワークから書類を引っ張り出して印刷をする。
まっさらな『異動願』は少しだけ輝いて見えた。
(えっと、まずは異動希望の理由か……『人間関係のもつれ』とは書きにくいしなあ。新規スキル習得とかにしとくか。次は希望の支店ね。遠すぎると通勤に時間がかかるし、近すぎると応援勤務でばったり洋介と会っちゃうかもしれないから……あっ、この支店、確かホットヨガの設備があったっけ。ちょっと遠いけど電車で一本だし、良いかも)
受付の合間に記入していくと、自分の考えが整理されていく。
(そっか。私、新しいことに挑戦したいって気持ちがまだあるんだ)
心の奥底にしまっていた気持ちが少しずつ沸き上がってる。
目の前の仕事をがむしゃらにしていた時は気がつかなかった。
ここを抜け出せるかもしれないという希望も相まって、美空の気分は少しだけ上昇していた。
『俺のシフトは不規則だから、居ても居なくても気にしないで』
と言われていたが、目の当たりにすると医師という職業への大変さがうかがえた。
(優斗さんって本当に忙しいのね。あかつき総合医療センターって救急外来の受け入れが多いらしいし、急な仕事も多いんでしょうね)
当直明けの翌日に朝から出勤しているなんて、想像以上の働き方をしている。
「私も頑張らなきゃな。仕事がもらえないくらい何よ。優斗さんの大変さに比べたら小さいことだわ」
今日は洋介と丸一日シフトが被っている。マネージャーは必死に調整していたが、いつかは被る日がくるものだ。
最悪な日なのだが、美空は気合いを入れて朝の支度をした。
優斗に負けていられない。そんな気持ちだった。
「おはようございます!」
美空はいつものように挨拶をして控え室に入る。
幸いなことに洋介はまだ来ていないようだ。安堵しながら受付ブースに向かい開店準備を始める。
開店二分前、洋介がお客様用の出入り口からゆったり歩いてくるのが見えた。
目が合わないように受付用のPCを操作していると、彼は受付テーブルに肘を置き、美空を睨み付けた。
「お前が受付だと、客が減りそうだな。申し訳ないとか思わない訳?」
無視していると、洋介はイライラしたようにテーブルをバンと叩いた。
「人の浮気にさんざん文句言ってた奴が、別れて数ヶ月もしないうちに結婚? 倫理観のない奴にうちで働いてほしくないんだけど!?」
「……村上さん、そろそろ開店します。今日はトレーニングルームの担当ですよね。行かないとお客様が困ってしまいますよ」
美空が静かに告げると、彼は舌打ちをして去っていった。
遠巻きに見ていたスタッフ達が、なにやらヒソヒソと話している。
(そりゃあ気になるよね。社長子息と付き合ってるのに浮気して、そのまま別れたかと思ったら違う人と結婚だなんて……噂の恰好の的だもの)
どうしようもないことだ。職場恋愛がこじれるとこんなものなのだろう。
分かってはいたし納得もしているが、気が重いのは事実だ。
「転職かなあ……インストラクター系ってこの歳からだとキツいんだよなあ」
正直インストラクターとしての仕事をさせてもらえなくなってからは、何度も転職という言葉が頭をよぎっていた。
けれど、それが困難であることもよく分かっていた。
フィットネス系は、若くて体力のある人がどんどんと入ってくる業界だ。二十代後半で指導者育成の経験もないとなると、なかなか正社員での転職は難しい。
それに、今より給料が下がるのは間違いなかった。
(他の資格って言っても、取っただけで経験のない理学療法士の資格くらいしかないし。うーん……異動願いでも出そうか? そうだ、それがいい)
ひとまず洋介のいない支店に異動になれば、彼も余計なことをしたりしないだろう。
お互い顔を会わせなくて済むし、Win-Winだ。
(マネージャーも私の件で洋介にかなり気を使ってるみたいだし、きっと喜ぶわね)
そうと決まれば早速書類を書いてしまおうと、社内ネットワークから書類を引っ張り出して印刷をする。
まっさらな『異動願』は少しだけ輝いて見えた。
(えっと、まずは異動希望の理由か……『人間関係のもつれ』とは書きにくいしなあ。新規スキル習得とかにしとくか。次は希望の支店ね。遠すぎると通勤に時間がかかるし、近すぎると応援勤務でばったり洋介と会っちゃうかもしれないから……あっ、この支店、確かホットヨガの設備があったっけ。ちょっと遠いけど電車で一本だし、良いかも)
受付の合間に記入していくと、自分の考えが整理されていく。
(そっか。私、新しいことに挑戦したいって気持ちがまだあるんだ)
心の奥底にしまっていた気持ちが少しずつ沸き上がってる。
目の前の仕事をがむしゃらにしていた時は気がつかなかった。
ここを抜け出せるかもしれないという希望も相まって、美空の気分は少しだけ上昇していた。