似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
「おやー? まだレジを締めていないのか? まさか、金額が合わないなんてことはないよな?」
「洋介……」

 彼はそのまま受付ブースを覗き込むと顔を歪ませた。

「おいおい、本当に金額が合っていないのか! ベテランのお前がいるのに、なんて失態だ!」
「美空さんは悪くないです。私がレジ担当でした。申し訳ありません」

 わざとらしく大声で叱責され、梨子が慌てて頭を下げた。
 すると洋介はますます顔を歪めて美空を指差した。

「おい、アルバイトの子に謝らせて情けなくないのか? お前が責任をとるべきだろう」

 遠巻きに見ているスタッフ達に聞こえるように、わざと大声で挑発しているのだろう。
 スタッフ達は何も言わないが、じりじりと近づいてきて聞き耳を立てている。マネージャーすら、こちらをじっと見ているだけだった。

(マネージャー! 私達の話を聞くのが、貴方の仕事なんですけど)

 彼は美空と目が合うと、くいっと顎を上げて『洋介にちゃんと説明しろ』とジェスチャーした。
 仕方がない。
 美空は何か言いたげな梨子を制して頭を下げた。

「申し訳ありません。私の不手際です」
「当たり前だろ! っていうか、本当はお前が盗んだんじゃないか?」
「いいえ、私達はそのようなことをしていません。疑うのでしたら、監視カメラと荷物を確認してください」
「ちっ……まぁいい。今日のところは見逃してやる。ほら」

 洋介は自分の財布を取り出し、五千円札をひらりとかざした。

「今日は俺が負担してやるよ。……はい、皆解散してー。本部には内緒な!」

 いつのまにか増えていたギャラリー達にそう告げると、洋介はお札を梨子に渡す。
 梨子はうつむいたまま頭を下げて、それを受け取った。
 洋介は満足げに口角を上げると、美空を見て鼻を鳴らした。

「お前、インストラクターだけじゃなくて受付も無理なんだな。一体何ならまともな仕事が出来るわけ?」

 反射的に顔を上げた梨子を制しつつ、美空はまた「申し訳ありません」と口にした。
 美空が謝る度に洋介の口角が上がっていく。

(謝罪が欲しいならいくらでもしてやるわ!)

 深々と頭を下げると、洋介は楽しそうに「あーあ」薄ら笑いを浮かべた。

「付き合ってた時は、こんなに無能だなんて気づかなかったな。ははっ、お前と結婚したっていう男はさぞ目が節穴なんだろうな」
「今のお言葉、訂正をお願いいたします」

 気が済むまで頭を下げれば良いやと思っていた美空だったが、気がついたら口が勝手に動いていた。

「お手を煩わせたことは謝罪します。ですが、私の配偶者を悪く言うのはお止めくださいね。彼は私の欠点を理解した上で結婚してくれた大切な人ですから」

 自然と声も大きくなる。
 ざわめいていた周囲の声がぴたりと止まった。

 シンとした空気の中、遠くから「素敵じゃないですかあ」というのんきな声が聞こえてきた。
 それは、洋介の浮気したはずの後藤の声だった。

「桜井さんって、のろけることあるんだ」
「意外と情熱的」
「新婚だもんね。可愛いー」
「桜井さんが浮気とかってイメージないけど、旦那に尽くしてる感じはめっちゃ分かるー」

 遠巻きに見ていた後藤が呟くと、それを皮切りに、周囲の女性スタッフが同調するように騒ぎ出す。

 周囲の反応が変わったことに気がついた洋介は、苛立ちを隠さず受付のテーブルを叩いた。
 バンッという音が響く。
 皆が洋介に注目したが、先ほどまでの尊敬の眼差しは薄れていた。

「お前! 何も出来ないお荷物だってこと、忘れるなよ!」

 吐き捨てるようにそう言うと、彼はさっさと控え室の方へ行ってしまった。
 
(後藤さん、庇ってくれたんだ)

 美空が後藤にぺこりと頭を下げると、彼女は小さく舌を出して笑っていた。



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